隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

でぃすぺる

今村昌弘氏のでぃすぺるを読んだ。これもある種特殊ミステリーだ。この物語の主人公はある地方の奥郷町に住む小学六年生の木島悠介だ。彼は半ば巻き込まれるようにして、この不思議な物語に分け入っていくことになる。事の発端は2学期に掲示係になり、同じ係の波多野沙月に奥郷町の七不思議について質問されたことから始まる。彼女の従妹が一年前に殺されて、未だに犯人が捕まっていない。従妹が残したパソコンを調べていたら、奥郷町の七不思議に関する文章が残されていたが、実際には6つの物語しか残されていなかった。オカルトマニアの悠介はこの町の階段とか不思議な話を他にも知っていたが、あと一つを選ぶ明確な基準もないので、最後の一つを選べなかった。それで、もう一人の掲示係の畑美奈とともに、実際に6つの不思議を調べ始めるのだった。調べたことを壁新聞にして発表しようというのが彼らの目論見だったのだが、実際に調べ始めると色々と不思議なことに彼らは遭遇していった。

オカルトマニアの悠介は沙月の従妹の事件や怪談話は何か正体不明の超常現象のようにとらえていて、その視点から一連のことを調べる。一方沙月はオカルト的な事には興味もなく、存在していないと思っているので、事件は犯人がいると思っている。美奈は二人の意見に客観的な判断を加える役どころになっている。彼らが七不思議を調査すると不思議な出来事に出くわしていて、それらにどういう説明を加えるのかと思っていたら……という展開になってしまった。だが、沙月の従妹の事件はちゃんと合理的な説明を加えているので、その点は全くフェアーだった。この作者の作品は第一作目からかなり注目されていたけれども、同じテイストの作品なのだろうか?ちょっと興味が湧いてきた。

エピジェネティクス入門―三毛猫の模様はどう決まるのか

佐々木裕之氏のエピジェネティクス入門を読んだ。NHK BSでヒューマニエンスという番組を3月まで放送していた。この番組は生命科学に関する内容を扱っていたのだが、その中で2024年3月に猫に関する話題もあった。番組を見てちょっと驚いたのは、三毛猫のクローンを作ったのだが、毛の模様がドナーとクローンでは異なっていて、クローンは三毛猫ではなかったというのだ。その時番組では、どの色の毛が生えるかはランダムに決まるので、ドナーとは同じにならないというように説明していた。

三毛猫の仕組み

三毛猫は白い毛を作る遺伝子、その部分以外を茶(オレンジ)色の毛にする遺伝子か黒にする遺伝子を持っている。茶にするか黒にするかの遺伝子はX染色体上に持っている。オスはX染色体を一本しか持たないので、通常は黒か茶色のどちらかの一方の遺伝子しか持たない。一方メスはX染色体を2本持っているので、黒と茶色の両方の毛が生えることがあるのだ。

ここから話はちょっとややこしくなる。Y染色体にはその個体をオスにする遺伝子しかないが、X染色体には細胞が生きていくのに必要な遺伝子が多数存在する。メスはX染色体が2本あるので、遺伝子が2倍あることになり、遺伝子が働き過ぎて生命に危険を及ぼす可能性がある。実際にX染色体が2つとも働くと、メスは死んでしまうようだ。そこと、メスは2本の遺伝子のうち一方を抑制して、働かないようにしている。これをX染色体の不活性化という。エピジェネティクな現象がこの不活性化の実態である。X染色体の不活性化は、発生の初期に、細胞毎に2本のX染色体からランダムに1本が選ばれ起こる。三毛猫はX染色体の一方に茶色の、もう一方に黒色の遺伝子を持っているので、どちらか一方の色が細胞毎に選ばれるということのようだ。これが、冒頭のランダムに選ばれるということの説明だ。

三毛猫のクローン

クローンはドナーと同一の遺伝子を持っているが、細胞内でどの遺伝子が活性化し、どの遺伝子が不活性化するかは今のところ完全にはコントロールできないようだ。そのために三毛猫のドナーとクローンで色や模様が異なってしまう。もっと興味深いというか、恐ろしいことは、見た目ではわからないような細部において、活性化・不活性化が選択されていた場合は、遺伝子としては全く同じでも、同じ細胞にある働きが起こっているかどうかは全くわからないということだ。

もう一つ驚いたのは、この本は2005年に出版されているが、その当時はクローン動物が誕生する確率は5%以下だと書かれている。この数字が20年経ってどうなっているのかはわからないが、5%が仮に10%になったとして、かなり低い数字と言わざるをえない。