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隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師 インテリジェンス畸人伝

手嶋龍一氏の「汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師 インテリジェンス畸人伝」を読んだ。手嶋氏は元NHK職員で、気付いたらいつのまにかNHKを辞めていた。辞めたのが2005年ということだから、もう12年も前のことだ。年齢的にもNHKの定年に達していたのかもしれない。本書は手嶋氏が趣味として集めている諜報活動にかかわる人物の評伝といった感じなのだが、一点本人にかかわる非常に興味深いエピソードが書かれている。

ゾルゲ事件、伯爵令嬢と手嶋氏

それは、あの日本で逮捕されたリヒャルト・ゾルゲの章の所なのだが、ゾルゲと親交があった伯爵令嬢山本満喜子に関するところだ。手嶋氏は山本満喜子と一度会ったことがあるらしく、そのきっかけが、金大中事件だというのである。東京で拉致誘拐された後、ソウルの自宅で軟禁状態にある金大中の健康状態を心配した日本側の関係者が、金大中の日本での主治医であった慶應義塾大学の後藤雄一郎教授をソウルの金大中の許に送り込もうとしていた。その時後藤教授を金大中の許に連れて行ったのが、手嶋氏だったというのだ。その時、自民党の赤城徳教・宇都宮徳馬河野洋平からの密書を携えて行ったということだ。そのお礼として、山本満喜子に会う機会をえたいうことだ。これは私にはちょっと仰天するエピソードだ。この時手嶋氏はまだNHKに入局していないようだが、いったいどいういきさつで手嶋氏に白羽の矢は立ったのだろうか?

前半の3分の2の部分(第一章から第四章)が一塊になっているのだが、この部分はちょっと読みにくい。この部分はイギリス人作家ジョン・ル・カレことイギリス人諜報員デービッド・コーンウェルを軸に語られるのだが、作家ジョン・ル・カレが執筆した「パナマの仕立て屋」を肴に、パナマ文書パナマ文書の流出元である法律事務所モサック・フォンセカ、イギリス人諜報員デービッド・コーンウェルを取り巻く人々、そして、二重スパイ「キム・フィルビー」のことがつづられている。それぞれ章立てはしているのだが、話がジョン・ル・カレの書いた小説に行ったり、時代が前に行ったり、後ろに行ったりで、あまり整理されていない印象を受けた。ただ、内容は面白い。

パナマ文書

昨年パナマ文書の漏えいが話題になり、後ろ暗いことがある人たちは戦々恐々としていたようだが、この事件の発端に関しては私は知らなかった。どうやら匿名(John Doe)のタレこみが南ドイツ新聞の記者バスティアン・オーバーマイヤーにあり、その内容はパナマに本拠地を置く法律事務所モサック・フォンセカの内部情報であった。オーバーマイヤーは裏付け捜査を進め、内容がたしからしいことを確認したが、総データ量が2.6テラバイトあり、自分自身だけでは扱いきれないと判断して、ワシントンD.C.の国際調査報道ジャーナリスト連合と連携することにした。匿名のタレこみ人が誰であるか、いまだに不明らしい。このパナマ文書は、今更ながらであるが、単なる租税回避というだけでなく、資金や所有の匿名性に事その本質があり、金さえ出せばだれでも匿名性を維持でき、その顧客は、各国の富裕層のみならず、マフィアや政府高官・首脳まで及んでいる点である。

カーブボール

イギリス人作家ジョン・ル・カレの「パナマの仕立て屋」はありもしない極秘情報をねつ造し、イギリス秘密情報部を手玉に取る話らしいのだが、それを地で行くようなことが実際に起きた。舞台はあのイラク戦争だ。アメリカとイギリスがイラクには大量破壊兵器があると主張し、イラクに戦争を仕掛けたが、その情報の許となったのは、イラクからドイツに亡命した男が携えたものだった。その男がコードネーム「カーブボール」だ。カーブボールは情報を小出しにしながら、ドイツの諜報機関の興味を引き付けた。ドイツの諜報機関から情報はアメリカ・イギリスと共有され、そしてあの「ブッシュの戦争」おこされたのである。が、結局イラク大量破壊兵器はなく、カーブボールの情報は嘘だったということになる。カーブボールは情報を提供する代わりに、ドイツでの亡命生活を確かの者にし、新たな職を得、年金もせしめたのだ。

二重スパイ「キム・フィルビー」

キム・フィルビーはイギリス諜報部に籍を置いているが、ソビエトの二重スパイだった。その彼の経歴が面白い。時代は第一次世界大戦の頃。イギリスはドイツ帝国の同盟国であるオスマントルコ帝国を倒すために、砂漠の民を唆して、アラブの反乱を起こさせた。それはあの「アラビアのロレンス」描かれている物語でもある。T・E・ロレンスとともに計略を企てたのがシンジャン・フィルビーで、キム・フィルビーの父親だ。シンジャン・フィルビーはサウード家の当主イブン・サウードを説いて反乱を起こさせた。

第一次世界大戦が終わると、イギリスはサウード家のライバルであったハーシム家のシャリーフ・フサインを厚遇し、イブン・サウードをアラブの盟主にすることには乗り気ではなかった。それに敢然と異を唱えたのがシンジャン・フィルビーで、イブン・サウードこそアラブ民族の長としてふさわしいと主張し、ロンドンの首脳たちを公然と罵倒した。サウジアラビアの初代国王になったイブン・サウードはそんなシンジャン・フィルビーに深い信頼を寄せ、シンジャン・フィルビーを外交顧問に迎えた。

やがてペルシャ湾沿いのアルハサで原油が発見されると、アメリカのスタンダードオイルとの交渉を担い、サウジアラビアに莫大な安定した石油収入をもたらした。そして、それはサウード家の支配基盤を盤石にし、シンジャン・フィルビーも絶大な権力を手に入れた。シンジャン・フィルビーはイギリスへの怒りを公言してはばからず、年を取るとともに反英主義者となっていった。キム・フィルビーはそんな父親に育てられていたのだ。キムはやがてイギリスに送られ、上流階級の教育を受けることになるが、ケンブリッジ時代に共産主義にに傾倒していくこととなる。

図書館の魔女 烏の伝言

高田大介氏の図書館の魔女 烏の伝言を読んだ。本書も厚く、658ページもある大ボリュームだ。ただ、本作は上下巻ではなく、本巻のみ。

前作の図書館の魔女の終わりの所は次に続く物語のプロローグ的な感じになっていたので、その続きの話なのだろうかとも思ったが、本作は前作から1~2年後という設定になっている。前作で、一の谷・ニザマ皇帝・アルデッシュの電撃的な三国同盟が成立し、ニザマ国内は皇帝と宦官勢力の争いが始まったところで終わっていたが、それから時間が経ってもニザマ国内の混乱はまだ終わっていなかった。ニザマ国内の混乱が収まらないために、官吏高官は家族係累を国外の逃すために、何とかつてを頼って、策をめぐらしていたのだった。ニザマ中原南部の地方官吏の姫ユシャパ一行も国外に難を逃れるようとしていた。ユシャッバ、それを警護する近衛兵、そして山を越えるために雇い入れた剛力たち。彼ら一行が目指しているのは西大陸のニザマの属国クヴァンにある港湾都市クヴァングワンである。そこにいったん身を落ち着け、そこから海路で更に安全なところに落ち延びる手はずだったのだが、クヴァングワンは陰謀が渦巻き、誰が見方で、誰が敵なのかもわからないような、怪しい場所と化していた。

図書館の魔女の物語であることには間違いはないのだが、今回は図書館の魔女は500ページを過ぎるまで、全く登場しない。しかも、本作で起こっていた事件とは全く関係ない用事のために港湾都市クヴァングワンを訪れいたのだ。だが、例によって、色々な話の断片から推理により、物語にちりばめられていた謎を解き明かしていく。本作では、マツリカ、ハルカゼと図書館付きの旧近衛兵だけが登場しており、キリヒトはまだ戻っていないようだ。キリンも登場していない。前作の続きの物語は、書かれるのだろうか?

図書館の魔女シリーズ

prozorec.hatenablog.com
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ひとり吹奏楽部 ハルチカ番外篇

初野晴氏のひとり吹奏楽ハルチカ番外篇を読んだ。映画が公開されたから、それに合わせて出版されたのだろうと想像する。

4編プラス短い掌編が収録されていて、番外編と銘打つだけあって、普門館を目指す吹奏楽部の活動から離れて、吹奏楽部のメンバーから二人づつを選んで(ただし掌編の「穂村千夏は戯曲の没ネタを回収する」は穂村千夏だけ、最終話の「ひとり吹奏楽部」は成島美代子だけが吹奏楽部から登場)の物語となっている。

本シリーズは日常のミステリーとなっていて、一応今作もミステリー的な要素はあるにはあるが、本当にちょっとした「謎とき」ぐらいの感じだ。いつも謎を解いている上条春太が全然登場しないので、そうなったのかもしれないが、ちょっと物足りなく感じてしまった。