隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

巨神計画

シルヴァン・ヌーヴェルの巨神計画(原題 Sleeping Giants)を読んだ。

本書は上下巻に分かれている。

後に物理学者のローズ・フランクリンは十一歳の誕生日の日にサウスダコタ州の片田舎の森の中で穴に落ち、そこにイリジウム合金でできた強大な手を発見した。発見当時軍はその巨大な手を調査しようとしたが、何の結果も得られず、調査は中断したままになっていた。17年後NSAの支援を受けてローズはその強大な手の調査を継続することになるのだが、アメリカ各地から別な巨神のパーツが発見されてきた。当然のことながら、アメリカだけに巨神のパーツが集中しているわけはなく、巨神の別なパーツがトルコで発見された。たまたまその時に軍の任務に就いていたヘリコプターのパイロットカーラ・レズニックとライアン・ミッチェルがローズのチームに加わることになる。そして、もう一人ヴィンセント・クーチャーが言語学の専門家としてローズのチームに加わった。パーツには謎の文字が書かれているが、最初の軍の調査でもそれが何なのかは判明していなかった。

巨神のパーツが国外で発見されるにつれ、ローズのチームだけでそれを回収することは困難になり、ローズのチームはいかにして組み立て中の巨神を動かすかにミッションがシフトしていった。

どうやら本作品は3部作の第一作目で、上下巻を読み終えても謎が深まるばかりで何もわからない。地球外生命が巨神を地球において行ったというような推測が示されているが、それが本当にそうなのかどうなのかはわからい内に終わってしまった。巨神は動くようだが、エネルギー源はなんなのだろう?それと、本書は謎の人物による報告レポートという形式になっているのだが、レポート番号には欠落があるので、全てが語られているわけでもないと思われる。結局今後出版される続巻を読まないと中途半端な状態になってしまう。原作の方は第二巻が出版されているようだが、翻訳版はいつになったら出版されるのかは不明だ。それと、原題がgiantsと複数形になっているので、実は今見つかっている巨神以外にも埋まっているのかもしれない。

browser fingerprint

あるサイトのログインを調べていたら、ユーザーネームとパスワードの他にauth_idというのも送信していた。はて、これは何者だろうと思い調べてみたら、fingerprintというのを計算して、その値をauth_idにセットしているのだ。fingerprint(指紋)って何だろうと思い調べてみると、以下のページが見つかった。

github.com

このライブラリを使って計算しているようなのだが、もう少し詳しく調べてみると、HTML5canvasを使って、ある文字を表示したときの画像データを基に計算したデータから、かなりの精度でユーザーを識別できるというのだ。

Cookieなしでユーザー特定が可能、ブラウザー・フィンガープリントとは(前) - Cookieなしでユーザー特定が可能、ブラウザー・フィンガープリントと...:Computerworld

どうもこのあたりのメカニズムがよく判らず、ずーともやもやしている。どんな画像データを表示させようとしているかというと、こんな画像だ。

f:id:prozorec:20171113201441p:plain

実際のJavaScriptのコードは以下のような感じ。

    getCanvasFingerprint: function () {
      var canvas = document.createElement('canvas');
      var ctx = canvas.getContext('2d');
      // https://www.browserleaks.com/canvas#how-does-it-work
      var txt = 'http://valve.github.io';
      ctx.textBaseline = "top";
      ctx.font = "14px 'Arial'";
      ctx.textBaseline = "alphabetic";
      ctx.fillStyle = "#f60";
      ctx.fillRect(125,1,62,20);
      ctx.fillStyle = "#069";
      ctx.fillText(txt, 2, 15);
      ctx.fillStyle = "rgba(102, 204, 0, 0.7)";
      ctx.fillText(txt, 4, 17);
      return canvas.toDataURL();

このコードで表示される画像データがPCにインストールされているフォントなどの違いによりかなりユニークになるらしく、これを基に計算したハッシュ値も衝突はあるが、かなりの確率でユニークになるというのだ。仕組みはよく判らないが、何とも気持ちが悪いので、firefoxで何かこれに対抗するすべはないのかとAdd-onを探してみたら、以下の者を見つけた。

CanvasBlocker – Add-ons for Firefox

これをインストールすると、ページでHTML5canvasを使っていると、アドレスバーの所に指紋が出てくる。

f:id:prozorec:20171113202506p:plain

今のところそんなにこれが表示されるページはないようだし、これが表示されても、必ずしもbrower fingerprintを計算しているわけではないが、注意したほうがいいだろう。

私たちはどこから来て、どこへ行くのか: 科学に「いのち」の根源を問う

ドキュメンタリー映画監督の森達也氏の「私たちはどこから来て、どこへ行くのか: 科学に「いのち」の根源を問う」を読んだ。

本書は森氏が科学者と「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」をテーマに対談した内容をまとめたものである。ただ、単に対談した内容をそのまま書き出しているのではなく、対談した内容をもとに、森氏が文章を書いている点が普通の対談集とはちょっと違った感じになっている。対談集とはいえ、通常はだれかによって編集されているので、必ずその編集者の視点が入っているはずだ。なので、編集していませんという体裁をとっているよりも、誠実な記述になっていると思う。対談した相手は以下の通り。

  • 福岡伸一 (生物学者)
  • 諏訪元 (人類学者)
  • 長谷川寿一 (進化生物学者)
  • 団まりな (生物学者)
  • 田沼靖一 (生物学者)
  • 長沼毅 (生物学者)
  • 村山斉 (物理学者)
  • 藤井直敬 (脳科学者)
  • 池谷裕二 (脳科学者)
  • 武内薫 (サイエンス作家)

対談のテーマが「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」なので、現代科学をもってしても答えなど出るわけもなく、本書を読めば、結局人類はまだ何もわかっていないのだということを改めて思い知らされることになる。どんな単純な単細胞生物すら未だに合成できない。

本書を読んでいて興味深かったところ。

科学はなぜに答えない

現代科学ではどうなっているかということにはいろいろ解答を与えてきた。しかし、通常なぜそのようになっているのかについては、答えを与えてくれない。たしかにこれは気づいていなかった。仕組みを説明する過程で、なぜにも答えることはあるかもしれないが、なぜに対してストレートに答えることはないだろう。例えば、物理の様々な定数がなぜその値になっているのかは全く不明だ。

人間の脳は高コスト

人間の脳は体重のわずか2%だが、1日に消費するカロリー量は20パーセントを占める。つまり神経系はとてもコストがかかり、燃費の悪い臓器になっている。なので食生活に余裕のある生物でなければ、神経系は進化しない。よほど条件が良くなければ、脳の進化は望めない。では、なぜ人間は脳を進化させるだけの資源の余裕が生まれたのか? 長谷川寿一氏は、共同繁殖社会だから余裕が生まれたと考えている。

生命活動は小さな渦巻

熱力学の第二法則によって、あらゆる存在のエントロピーは増大することが実証されている。つまり、宇宙はフラットな方向に向かっている。しかし局所的、あるいはミクロな視点で見ると、地球上での生き物の進化は無秩序から秩序に向かうので、エントロピーは増大から減少に向かっている。一見すると熱力学の第二法則に反しているように見える。しかし、生命活動を小さな渦ととらえると、面白い気づきがある。水は高いところから低いところに流れ、位置エネルギーを失う。ただ、水は途中で渦巻きを作る。渦巻きはパターンであるので、その部分に着目するとエントロピーは減少している。ここで、生命をこの渦巻になぞらえてみると、生命が生きている限り生命のパターンは残っているが、生命の細胞自体は代謝によって入れ替わっている。この渦巻があった方が、明らかに全体を取り囲む環境を含めたエントロピーが速く増大しているように思われている。例えば、一升瓶の中に水が入っているときに、ビンをさかさまにするよりも、ビンを振って、渦を作った方が速く水が抜けていく。局所的にはエントロピーが減少しているけれど、全体的には増える速度が増している。

「自己を問うという」言語のトラップ

人間は自分の脳に、本当は考えなくてもいいような問題を考えるように仕向けられている。そもそも自分が存在する理由なんて考えなくてもいいじゃないですか。言語とはもともと、社会性の涵養や記憶の補強、他者に対する理解のために使われるものだった。つまり、あくまでもコミュニケーションのツールであって、「自分って何だろう」と自問するために編み出されたものではない。ということは、私たちは、言語を本来の用途以外に使っていることになる。
ここで言語の副作用として「自己を問う」という虚構トラップが生まれて、私たちはその罠にまんまとはまってしまっている。これがトラップである理由は、それが構造として無限ループに陥りうるからです。仮に、「自分って何だろう」という問いの答えが出たら、その個体を吟味して、さらに「そんな答えを出している自分って何だろう」という上位階層の問いを自分に投げかけることができます。延々と終わらないのに、実体がない。ラッキョウの皮をむいていったら実がなくなってしまうのと同じです。行きつく先の空虚さが明確であるにもかかわらず、それでもなお問いたくなってしまうのは、トラップとしか言いようがない。

物理法則は宇宙共通か?

E=mc^2というのはあくまで、ヒトに理解できるように考えられた数式ですから。宇宙は、ヒトに理解されることを目的として存在しているわけではありません。ヒトが物理則を構築するか否かとは無関係です。ヒトはただ自分に理解できる範囲の数式で表しているだけであって。ですから、地球人の法則と宇宙人の法則は違うことはあるはずです。宇宙人は自分たちなりの宇宙の法則を持っていてもおかしくない。でも私たちには、彼らの法則は黒魔術でもやっているようにしか見えない。ヒトの思考の射程距離はせいぜい、そんな程度です。

神を前提とする西欧、神のいない日本

神さまがこの世を作ったという前提がある限り、科学がそれを模倣することは基本的によいことであると見なされる。だって、神さまは善なる存在なのですから。だからその過程でいろんな失敗があっても、それは模倣の仕方が悪いことが原因だから、もっと改善していけばいいということになる。だから例えばボーイング787から火が出ても、「きちんと対策を講じればまた飛ばしていい」ということになるわけです。

おそらく日本であれば、それは絶対に許されないですよね。なぜなら日本の場合は、自然科学は善だという感覚はないと思うんです。むしろ科学技術は必要悪だと見なされている。本来、自然はいじってはいけないものだけれど、便利でうまくいくのであればそうさせてあげよう。ただし失敗したら、もう二度といじらせない。そういう厳しさがあるような気がしています。

武内薫