隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

彼女がエスパーだったころ

宮内悠介氏の彼女がエスパーだったころを読んだ。本書は不思議な味わいのある短編集になっている。

収められているのは、「百匹目の火神」、「彼女がエスパーだったころ」、「ムイシュキンの脳髄」、「水神計画」、「薄ければ薄いほど」、「沸点」の六編だ。この短編のほとんどが疑似科学や迷信をテーマにしているので、アンチSFの様な感じになっている。主人公は記者で、不思議な出来ことを追って取材をして言っているところが物語の主軸になっているのだが、前半の三編と後半の三編では、主人公の立ち位置が単に取材しているものの視点から、物語の中に強く巻き込まれている状態へと変化していっている。それはあたかも取材することによって、事件に巻き込まれ、そして事件が変容していくような状況になってしまう。量子力学の観測により結果が変わってしまうかのような感じさえ受けてしまう。

外来種のホント・ウソを科学する

ケン・トムソンの外来種のウソ・ホントを科学する(原題 Where Do Camels Belong?)を読んだ。

今年の夏は日本でもヒアリが確認されて、外来生物のことがニュースに取り上げられることも多かった。外来生物というと、どうも不法外国人やら不法難民と関連させて擬人化し、なんとなく恐ろしいもの・悪いものというイメージがあるとは思うが、以前からなんとなく何をもって在来種・外来種を区別するのだろうと思っていた。日本は島国なので、比較的に外来種の侵入が少ないようなイメージがあるが、昔から色々な動物やら植物やらを持ち込んできている。例えば犬や猫などはもともと日本にいなかった種を持ち込んでいるし、ペットとして様々な動物を持ち込んでいる。白菜などももともと日本にはなかった植物だと聞くし、いったいどこまでさかのぼってここにいたのなら、在来種なのだろうか?

在来・外来という分類をしたのは19世紀半ばユーウィット・コトレル・ワトソンらしい。ワトソンはアマチュアの植物学者で、彼の動機は、英国在来の植物を確定すれば、英国在来の新種を発見しようとする「見栄っ張りの」植物学者を牽制でき、あまつさえ、「新種」を自らの手で植えて「発見」を演出するような真似を阻止できるのではないかと期待していたようだ。彼の在来種の定義は以下の通りだ。

見るからに英国土着の種であって、人間の手によって導入されたと推定しうる根拠がほとんど、あるいはまったくないもの

この定義の「人間の手によって」の解釈がちょっと難しいと思った。意図しての行為ならまだしも、人間の移動にくっついてきてしまったものはどうなるのだろうか?環境省の定義を読む限りは、「人間の移動によってくっついてきたものも」外来種の範疇に入るようだ。

侵略的な外来種 | 日本の外来種対策 | 外来生物法

我々人間に害を及ぼさなければさほど注目されないので、あたらにやってきた生物(侵入生物=外来種や渡来生物)が注目されるのは仕方がないことだが、何ら悪さをしない生物も多数いることは事実のようだし、全ての外来種が国内に定着するわけでもないようだ。また、寿命の短い生物は進化・淘汰のサイクルも速いので、比較的に早く侵入生物も含めて自然環境の一部となる。そうなると、その侵入生物を取り除くことによる影響も出てくるし、まして、植物や小型の動物を完全に駆除する方法はほぼないので、投入する資金と得られる効果を比べると、全く割に合わないことがすぐわかる。本書にはそんな例が多数収録されている。

本書にはヒアリの説明としてレイチェル・カーソンの「沈黙の春」を以下のように引用している。

アメリカ合衆国にやってきてから40年あまり、その間ヒアリはほとんど注目されなかった。発生件数が多い方の州では迷惑がられていたが、それというのもヒアリが、1フィートは優に超える塚のような大きな巣をつくるからだった。農作業の機械を運転する邪魔になるのだ。それでも、最も注意が必要な害虫の20種に数えていた州はたったの二か所で、その2州でも順位は下の方だった。役所でも住民の間でも、ヒアリが農作物や家畜に害をなすという懸念はなかったようだ。

幅広い対象を死に至らしめる力を備えた化学薬品が登場すると、ヒアリに対する政府の姿勢は急転換した。1957年、アメリカ合衆国農務省は省が誕生して以来の一大広報キャンペーンをぶち上げた。ヒアリはある日突然、集中砲火のような政府広報、映画、政府後援のニュース記事の標的になった。南部の農業を破壊し、鳥や家畜、あまつさえ人間の命までをも奪う張本人に仕立て上げられたのだ。大々的な撲滅計画が発表され、連邦政府は被害のある各州と協力し、南部の九つの州で、最終的には2000万エーカーに及ぶ範囲が防除されることになった。

我々は当然ではあるが、外来種を増やすような行為をすべきではないが、何らかの理由で入ってきてしまった侵入生物に対しては冷静な対応が必要だ。二つの出来事が起きたときに、前者が後者の原因で、後者が前者の結果であると思い込みやすいが、二つの出来事は全く無関係なことも多々ある。ある生物の個体数が減少している原因を安易に外来種に求めることは十分な検証をしてからにしなければならない。

さて、原題の「Where Do Camels Belong?」だが、我々はラクダの現在の生息地が中東とか中央アジアなので、そのあたり発祥の動物だと思うだろう。ところが、ラクダは4000万年前北アメリカで進化した。その後ラクダは南アメリカに進出し、氷河期には凍っていたベーリング海峡を渡ってアジアへも渡った。北アメリカのラクダが絶滅したのは8000年ぐらい前のことだ。アジアに渡った子孫が北アフリカと南西アジアヒトコブラクダ、それと中央アジアフタコブラクダであり、南アメリカ系の子孫がリャマ、アルパカ、グアナコ、ビクーニャだ。ラクダの移動に人間がかかわっていたのかどうかわからないが、生物というのは一つの所にとどまらず、もともと移動しているものなのだ。