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隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

知らないと恥をかくアフリカの問題 (子供兵)

ラジオ 歴史

NHKラジオ第二の「カルチャーラジオ 歴史再発見」で放送されていた「アフリカは今~カオスと希望と」なのだが、もっと早く聞くべきだった。放送自体はあと2回しか残っていないが、ストリーミングを聴く - カルチャーラジオ 歴史再発見 - NHKがあり、今のところ1回目から4回目まで聞ける。私はこのストリーミングの方で放送を聞いたのだが、1回目から自分の無知を思い知らされることになってしまった。

世の中色々なことが起こっているが、そのこと自体は急に発生したのではなく何らかの原因が過去にありそのために引き起こされているということが多々ある。一回目の放送は子供兵について、解説している。そして、その原因は実は1400年代にさかのぼる奴隷の問題に関係しているのだ。

1400年代後半にポルトガルの東アフリカ占領を端緒に、ヨーロッパ列強によるアフリカの植民地化が始まり、長い時間を経た後、1960年代にアフリカの時代になり、アフリカの国々が一斉に独立を始める。しかし、今アフリカの国々は国家運営に失敗し、貧困・内戦でどうにもならない状況になっている。なぜ、このようなことになっているのか?また、この20年ぐらい、子供兵がアフリカで誕生した。なぜ、子供兵がアフリカで誕生したのか?なぜなら、国家の権力者に国造りの意欲がなかったからだという。

例として登場するのが、シエラレオネだ。シエラレオネはは西アフリカのギニア湾沿いにある国だが、この国は解放奴隷が作った国だ。奴隷制度を違法としたイギリスが奴隷をシエラレーネのフリータウンに連れて行き、縁もゆかりもないこの地で解放した。そして、イギリスから連れてこられた解放奴隷がもともと現地に住んでいた人々を支配する関係が出来上がってしまった。奴隷といえども現地に住んでいた人々よりはレベルが高かったからだ。1961年にシエラレオネはイギリスから独立するが、最初からある階級の人々がある階級の人々を支配する関係ができていたのだ。

そして、シエラレオネからダイアモンドが出ることがわかった。しかも、メア川の崖で深く掘らずにダイアモンドがたくさん出てくるのだ。その輸出額が年間6億ドルになった。権力者はそのダイアモンドモンドの利益を自分達のグループで分け合うような政治を始めてしまった。そうなると、そのグループに属さない人々からの反発が高まり、権力争いが起こった。そして、ついには1991年からシエラレオネ内戦へと発展してしまった。しかし、結局権力者が変わっても、ダイアモンドモンドの利益に対する姿勢は
変わらず、国家の運営内容は変わらなかった。ここに一般民衆への配慮は一切なく、そのため、政府側も、反政府側も、民衆からの支持は得られなかった。そして、何が起こったかというと、両陣営の兵力が足りなくなってきたのだ。そこで猫の手も借りるような状況で、拉致された子供が兵士に仕立てられることになったのだ。

放送では、以下のようなことが例として挙げられていた。

ギニアの国境付近のカンビアという町から11歳の少女が学校の付近で拉致されて、兵士にされてしまった。更に、少女達はその日ののうちに全員レイプされてしまった。3週間ぐらい簡単な軍事訓練を受けて兵士にされるのだが、子供兵が何をするかというと、村襲うのだ。部隊は一か所にとどまると政府から狙われるので、各地を移動しているのだが、兵站というものがないので、食料は現地調達となる。夕方に、武装して集落を
襲い、食料があるうちはそこにとどまり、食料が無くなると、また次の村を目指すのだ。

集落を襲う前は子供兵はマリファナ茶を飲まされ、「これで弾に当たらない」とか「弾に当たっても、痛くない」などと言われて、最前線に配置されて強盗集団と化して、村を襲っているのだ。要するに子供兵は単なる消耗品だ。


国家の最低限やらなければならない治安の確保を行ってからでなければ国の運営は成り立たない。そんな例がシエラレオネだが、コンゴ民主共和国スーダン南スーダンソマリアなどが未だにアフリカではそのような国々だ。

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