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隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

刀の日本史

加来耕三氏の「刀の日本史」を読んだ。刀と見聞きすると、なんとなく日本刀のことを頭に思い浮かべていたが、本書に記述されているのは日本刀だけではなく、いわゆる剣も範疇に含まれている。そのため、まず神話(古事記日本書紀)から始まり、古代の刀について記述されている。

その中で、全く知らなかったのが「節刀」というものだ。これは出征する将軍あるいは軍司令官や遣唐使の大使に、帝が下賜する刀で、任務が終了すると、帝に返還される。面白いのは、平将門の乱を平定するために下されてから幕末まで久しく絶えていたこの節刀が、14代将軍家茂の時に攘夷の実行を促すために下されたのだが、家茂は病と称して供奉せず、代理の一ツ橋慶喜もにわかの病と称して、勅命そのものも辞退したということだ。

 第三章は「日本刀の誕生」というタイトルになっているので、日本刀がどのような過程を経て作られるようなったかを記すていると思ったのだが、実際には過去の歴史に登場してきた名のある刀についてエピソードを交えつつ紹介しているのがメインで、具体的な部分が読み取れず、ちょっと肩透かしを食らった。内容を解釈するに、源平の争いが起こった12世紀ごろに日本刀が成立したのではないだろうか。加来氏は後鳥羽上皇を日本刀の最大の恩人と称している。後鳥羽上皇鎌倉時代上皇なので、それ以前に日本刀が成立しているはずだ。

第四章の「日本刀の真実」には興味深いことが記されている。中国の明時代の末期の書「武備志」に以下のように記述されているというのだ。

自国(中国)の古伝の剣や刀の技術は既に失伝した。

そのため剣は朝鮮から、刀の技術は日本から入手したというのだ。そのためなのか、中世以降日本は中国の刀剣を集めていないように思える。

第五章は「日本刀の宿命」の一番最後で、

日本刀は今も、これからも戦場における実用性を問われることなく、眠り続ける――そういう宿命を帯びているのかもしれない。

と結んでいる。日本刀は秀吉の太閤刀狩り令、明治の廃刀令により、一般から遠ざけられた。この章の前半部分には、

日本刀で人を斬ると、血脂が刃につき、普通は人一人斬れば刀は使いも煮にならなくなる。

 

まず、人を斬れば刀は曲がってしまい、さやに入らなかったはずだ。

のように記載している。そのため、日本刀は戦場で一度もメインの武器にはならなかったのだ。