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隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

口は禍いの門 町医北村宗哲

佐藤雅美氏の「口は禍いの門 町医北村宗哲」を読んだ。本巻では江戸の裏の世界は正に戦国時代に突入している。黒門の喜助は両国広小路の伊右衛門に毒を盛らせて亡き者にした。伊右衛門の後を継いだのが、熊五郎という子分だが、力がなく、縄張りを竜次にとられてしまう。そして、何者かが喜之助に夜襲をかけて、仕留めそこなったが、大けがを負わせた。喜之助は弥左衛門の仕業と思い、弥左衛門を殺してしまった。そして、弥左衛門の後釜に収まったのが、政吉だ。結果、江戸の裏の世界は、黒門の喜之助、両国広小路と木挽町に人斬り竜次、二丁町に安兵衛、市ヶ谷八幡宮門前に庄之助、神明前に政吉、深川に夜桜銀次、本所鐘撞堂に釜七となった。しかも、引退に追い込まれたはずの青竜松が復活し、政吉と手を組むことになったのだ。

 前巻の「やる気のない刺客」と本巻にも出てくるが、幕府は嘉永二年(西暦1849年)三月に「奥医師・表医師外科・眼科以外の蘭方の禁止を打ち出している。本巻のタイトルにもなっている「口は禍いの角」で、著者は

だが、江戸時代のこの時点での蘭方に、漢方を凌駕するような治療効果があったかどうかになると疑わしい。佐内が行った刺絡や蜞針にしてもそもそもは漢方にあった治療法であり、オランダの薬もどうやら効かなかった、内科に関するかぎり、種痘をのぞいて、外科の花岡青洲がおこなったような画期的な治療法はなかったのではないか。管見ながら見出すことはできない。

 と書いている。幕末のこの時期にあっても、西洋の医学知識は十分でなく、また西洋の薬も限られていたということだろうか。このあたりのことも興味深い。何かの折にもう少し調べてみたいと思った。

 

 

 町医北村宗哲シリーズ

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