隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

メカ屋のための脳科学入門-脳をリバースエンジニアリングする-

高橋宏知氏のメカ屋のための脳科学入門-脳をリバースエンジニアリングする-を読んだ。本書を読む前は、どちらかというと読み物的な本なのかと思って読み始めたのだが、それよりは専門的な内容で、残念ながら深く理解できたとは言えない。

著者は機械系の学生であったにもかかわらず、生物分野の研究をつづけ、興味を持って脳研究の分野に進んだようで、機械系のエンジニアのための脳科学の一般書と専門書のギャップを埋める本を目指して本書を執筆したようである。タイトルにある「メカ屋のための」はそいう意図が含まれている。しかし、機械系の知識が前提となるわけではなく、理系一般の知識があれば問題ないと思うのだが、そこから、一歩神経科学(本書に書かれているが、脳科学 (brain science)というのは日本でしか流通しない言葉のようで、神経科学 (neurosience)が世界的に流通する言葉のようだ)の方に入って行くと、ちょっと私の理解が追い付かない部分が出てきた。

また、タイトルにあるリバースエンジニアリングという部分の意図は、「生物や脳の実物を観察し、そこから動作機能や原理を考察する」ということをエンジニアはするべきであるという主義に基づいて付け加えられたようだ。自分が設計したものではない対象を理解する方法としてはまっとうなアプローチだと思うし、そう思ったので、本書を読んでみようと思ったのだ。

本書の中で読んでいて面白いと思ったところは、

生物の器官

「進化による設計プロセスでは、新しい機能を実現するために、新しい器官を設計することはほとんどない」というところ。「進化による設計プロセス」というものが明確にあるかどうかはわからないが、我々生物が持っている機能は最適解ではないのだ。世代ごとの器官の機能の差は小さく、現状あるものを動かしながら微修正しながら、新しい機能を付け加えるということを繰り返してきているのだ。

視覚情報はほとんど使われていない

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視覚情報は網膜で神経情報に変換された後に、脳幹の外側膝状体という部分でいったん中継され、大脳皮質の一次視覚野に至る。外側膝状体に入力される情報の内訳を調べると、実は網膜からはたった20%しかなく、80%は一次視覚野からである。同様に一次視覚野でも外側膝状体からの入力は20%程度で、一次視覚野より高次視覚野からの入力が80%を占めている。結果として、網膜からの信号は20%x20%で4%しか含まれていないことになる。多分これが我々の眼によって引き起こされる錯覚の原因なのではないかと想像をめぐらしてしまった。

大脳・小脳

大脳・小脳が我々の脳を構成していて、小脳は大脳よりも小さい。大脳は1300g、小脳は130gである。ところが、表面積で比べると、大脳は800cm2で、小脳は500cm2なのである。そして、神経細胞の数は、大脳10億個、小脳100億個と、小脳の方が多いことになっている。

神経信号の伝搬速度

著者らは2mm角に一万個以上の計測点を有するCMOS電極アレイ上に神経細胞を培養し、培養細胞の軸索内を活動電位が伝搬する様子をとらえることに成功した。その結果、活動電位の伝搬速度の実測値は0.2~1.5m/sだった。これは光の速度3.0x10^8m/sから比べるとはるかに遅い。また、伝搬速度は軸索内でも場所ごとに異なり、細胞体付近の太い部分では、軸索末端の細い部分よりも平均で3.7倍も速くなっていた。

ムーアの法則と計測可能な神経細胞

半導体の世界にはムーアの法則があり、1.5年で集積度が2倍になってきたが、神経科学にも似たようなものがあり、1950年以来同時計測できる神経の数は7.4年ごとに倍増しているらしい。現在では数百の神経細胞の活動が多点同時計測されており、このトレンドが維持されると、2230年には10^11個、つまり脳の全神経細胞から同時に計測できるようになるらしい。今から、約200年後だ。