隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

満願

米澤穂信氏の満願を読んだ。この本も読もうと思っていたのだが、すっかり忘れていた。先日NHKでこの小説をドラマ化したものが放送されていて、これはドラマを見るよりも先に本を読んでおくべきだなと思い読み始めた。米澤氏といえば日常の謎のミステリーという印象があるが、本作は日常のミステリーとは一味違ったミステリーになっていて、どの話もなかなか面白かった。本作は短編集で6編おさめられている。

夜警 
柳岡は川籐浩志は警察官に向かない男だと思った。弱弱しい雰囲気からそう感じたのだが、失敗を何とかごまかして隠そうとする性癖も気に入らなかった。そんな川籐が夫婦げんかの現場で、ナイフを持ち出して妻を襲っていた男に発砲して、殺害した。しかし、同時に男にナイフで切り付けられ、それがもとで殉職した。川籐は死ぬ間際「こんなはずじゃなかった。うまくいったのに」と繰り返していた。川籐はなぜ男に発砲したのだろうか?
死人宿 
自分のもとを去っていた佐和子の行方を追っていった先にあったのは山奥の温泉旅館であった。こんな山奥の温泉旅館に人が来るのだろうかと不思議に思っていると、この宿の傍の河原に降りるとガスがたまりやすい窪地があり、死にたい人たちの間では有名になっており、死人宿と呼ばれているという。そして、佐和子から遺書めいた書付を見つけたと見せられ、今日泊まっている三人の客の中のだれなのか探すのを助けてほしいと頼まれた。
柘榴 
両親が離婚することになり、親権を争うことになった。その時中学生の夕子と月子と取った行動の動機は何だったのか。これはちょっと怖い話。
万灯 
「私は裁かれている」という一文から始まる倒叙物。そして第一章でどんな罪を犯したのかが語られている。そこからは伊丹という男がいったい何を犯したのかが淡々と語られて行く。そして、「私は裁かれている」という文に戻り、その意味するところが語られる趣向になっている。
関守 
この短編も別な意味でちょっと怖い話。都市伝説のムックを作るためにネタの取材に出かけたライターの男が遭遇する話。ネタ自体は先輩ライターから教えてもらったものであり、先輩には危ないから注意したほうがいいと言われていたのだが、現地に取材に出かけた。伊豆半島の南部に桂谷峠というところがあり、4年連続ガードレールを乗り越えて車が崖下に堕ちて人が死んでいた。その事故を何とか都市伝説風の話にできないかと考えて取材に来たのだが……。
満願
弁護士の藤井は学生時代に下宿していた家主の妻鵜川妙子が殺人事件の容疑者になっていることを知り、取るものもとりあえず、勾留されている警察署に駆け付けた。そして、当然のことながら弁護を引き受けた。鵜川家の家計は困窮を極めており、貸金業者に多額の借金があった。夫である鵜川重治がまともに働きもせず、遊興に使う金を借金していたのだ。鵜川妙子はその貸金業者の社長を刺殺し、死体を遺棄したのだった。裁判の争点は鵜川妙子が殺意をもっていたかの一点だった。一審では懲役八年の実刑判決が出て、控訴する意向であった。しかし、夫の重治の病死を知ると、鵜川妙子は控訴を取り下げてくれと言い、刑が確定した。そして、時が流れ、鵜川妙子から出所したと電話があった。なぜ彼女は控訴を取り下げたのだろう……。

ストーリーの中で殺人が起きる物もあるが、扱われている謎は誰が殺したか(who done it?)には比重を置いていない。なぜなのか(why done it?)に力点が置かれていてるところが非常に面白い作りになっている。この中では夜警と満願が一番面白かった。

蒲公英草紙―常野物語

恩田陸氏の蒲公英草紙―常野物語を読んだ。この作品は光の帝国 常野物語 - 隠居日録につながる物語の一冊で、この小説も読もうと思っていたのだが、一年以上も間が空いてしまっていた。

物語は二十世紀初頭の宮城県の南部、山を越えればすぐ福島というある地方の槙村の集落が舞台になっている。主人公の峯子はその集落で医院を開業している家の娘で、父親から大地主の槙村家の娘の聡子の相手をするように言われる。聡子は峯子の一歳年上だが、子供の頃から病弱で、学校へも行けず、同い年の友達もいなく寂しい思いをしている。最近は体の具合もだいぶ良くなってきたから、週に二日ほども言って遊び相手になってほしいというのだ。峰子は聡子に初めて会って、こんなお人形のような顔をした人がいるのかと驚いた。そして、聡子は本当に気持ちの優しい娘でもあった。

物語は淡々と峯子が槙村家で逢った人たちのことが淡々と語られていく。途中槙村家には春田一家が逗留することになるのだが、この春田一家は光の帝国 常野物語 - 隠居日録に登場する春田一家の祖先であろう。彼らも「しまう」ことを生業にしている一家であるから。この槙村家は大昔常野から嫁をもらったことがあり、常野の能力が聡子には現れているようで、それが物語のクライマックスにかかわってくる。最後の章の「運命」が物語のクライマックスで、そこにいたるまではあくまでも淡々と物語がつづられいてる。そしてそこには聡子の運命が作り出す感動が仕掛けられている。

タイトルの蒲公英草紙は峯子がつけていた日記の名前から来ていると思われる。このタイトルもカタカナでもなくひらがなでもないところがいかにも二十世紀初頭という感を出していて、とてもいい感じがする。