隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

本と鍵の季節

米澤穂信氏の本と鍵の季節を読んだ。本作は、八王子にある高校の図書委員が主人公の日常のミステリーで、短編集になっている。収録されている各短編のタイトルは「913」(暗号)、「ロックオン」、「金曜日に彼は何をしたのか」(アリバイ)、「ない本」、「昔話を聞かせておくれよ」(宝探し)、「友よ知るなかれ」で6作品収められている。

主人公は二年生の堀川次郎と松倉詩門の二人組。語り手は堀川次郎で、かれは人の気持ちがうまく理解できないところがある。一方、松倉詩門はなかなか鋭い推理の才能があり、物語では探偵の役割を果たすことも多いが、話数を重ねるうちにその関係も若干変わっていくように感じた。

「913」は暗号物となっており、三年生の先輩の浦上麻里から亡くなった祖父の残した金庫を開けられないか相談を受けて、面白半分にその話に乗ってみるとという話なのだが、途中からストーリーがあらぬ方向に行き、とんでもない結末がという流れになっている。この短編を読んでいて、浦上麻里が途中で、「高校に入ったときに制服を見せに行ったら」という部分にオヤっと思った。これは浦上麻里と祖父は同居していたわけではないことを示唆しているなぁと思ったのだが、本文の中ではそのことは触れられていなかった。「金曜日に彼は何をしたのか」は後輩の一年生の植田登から二年生の兄の昇が職員室に忍び込んでテスト問題を盗もうとしたという疑いを掛けられている。しかし、兄はなぜかアリバイを明かそうとしないので、何とか無実を晴らすために手伝ってほしいというアリバイ崩しの逆のパターンのストリーで、これは珍しいと思った。

5編目に割と長めの「昔話を聞かせておくれよ」があり、「その費用はだれが負担してたのだろう。でも、そこはストーリー外の部分か?」と思っていたら、堀川次郎もそれを疑問に思い、その解明のために行動を起こしたのが次の「友よ知るなかれ」で、このストリーによって二人の関係は壊れてしまったのだろうかと思わせるような結末になっていた。ミステリーとは関係ない部分で、最後の最後の所でちょっともやもやしてしまうそういう短編集になっている。この感じだと、この二人をコンビにした続編というのはないのだろうなぁ。

文化戦争 - やわらかいプロパガンダがあなたを支配する -

ネイトー・トンプソンの文化戦争 - やわらかいプロパガンダがあなたを支配する - (原題 Culture As Weapon)を読んだ。

本書は文化を用いた大衆掌握・操作に関してのレポートなのだが、扱っている範囲が広い分、掘り下げ度が若干浅く感じた。本書が主にアメリカについて書かれていることが、そのように感じた原因の一つかもしれない。ただ、本書でも繰り返して述べられているが、人々が持っている恐怖心に付け込んだり、欲求を煽ることに文化(音楽、絵画、アート、演劇、文学)などが利用されており、20世紀の後半になってくると、それが資本主義の商業活動と強く結びついたことで、より過激に、より巧妙に隠されながら、人々に様々な影響を与えていている事例が色々と紹介されている。

ちょっと毛色が変わった内容としては、文化人類学の見地がイラク統治に利用されたことだろう。現地住民との摩擦を避け、占領軍に対して敵対意識を持たせないようにするために、現地の住民と積極的に交流することが行われた。不思議なことにこの政策は次のアフガン統治にも、より積極的に用いられたのだが、イラクほどアフガンでは成功を治めず、半ばアフガンの統治を放棄する形でアメリカが撤退したことだ。両者の違いが何だったのか、なぜアフガンでは失敗したのかが明確に書かれていなかったので、消化不良の感じがした。

また、企業が行うチャリティや慈善活動がCRM (Cause Related Marketing)の名のもとに、企業のブランドイメージ向上に用いられるようになってきているが、大量生産・大量消費の際限のないサイクルを生み出す資本主義自体が、慈善活動が改善しようとしている問題の多くを生み出しているのだとしたら、非常に皮肉なことであろうし、企業のCRMと慈善活動が結びつくことがよいことなのかという問題も発生してくる。そのような企業の活動は純粋な善行なのか、罪滅ぼし行為なのか判断が難しいところだ。