隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理

降田天氏の偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理を読んだ。これは短編集で、倒叙物のミステリーだ。ストーリーの前半は犯人によって物語が語られていくが、後半に入ると、神倉駅前交番に勤務する狩野雷太が登場して、犯人と狩野の対決(と言っても、話し好きの狩野があれやこれやと質問するだけ)になり、そこで犯人が言わずもがなのことを漏らしてしまい、事件が解決するというパターンになっている。言ってみれば、刑事コロンボのスタイルを踏襲しているといえるのかもしれない。

本書には5編収録されており、それぞれのタイトルは「鎖された赤」、「偽りの春」、「名前のない薔薇」、「見知らぬ親友」、「サロメの遺言」となっている。「見知らぬ親友」と「サロメの遺言」は一部登場人物が重なっており、「見知らぬ親友」では狩野はまだ刑事だったのだが、この中では詳しく語られていない事件が理由で刑事から交番勤務になり、その五年後が「サロメの遺言」になって、語られなかった物語が明らかになるもなる。

狩野が中年の軽薄そうで話し好きの警察官という設定になっていて、犯人側に警戒を抱かせず、うまいこと犯人の会話の矛盾点を引き出すことに成功するというのがストーリーの基本線で、どれも面白く読んだのだが、「サロメの遺言」だけはちょっと疑問点が残った。犯人がなぜカメラを持って行って、隠し撮りをしたのかというところが、変な気がする。つまり、犯人はそれから起きることをなぜか詳細に予想できているのだが、それは果たして可能なのだろうかという疑問だ。たまたまそうなったのであれば、隠しカメラで撮影することはできないし、意図的にそうなるように仕組んだとすれば、ちょっと話が違ってくるのではないかと思った。

カムパネルラ版 銀河鉄道の夜

長野まゆみ氏のカムパネルラ版 銀河鉄道の夜を読んだ。

タイトルからカムパネルラを主人公にした銀河鉄道の旅の描き直しなのかと思って読んだのだが、これはむしろ小説いうよりも、宮沢賢治評であろう。その点はちょっと期待外れだった。本書には「カムパネルラ版 銀河鉄道の夜」と「カムパネルラの恋」の二編が収録されていて、前半は銀河鉄道の夜を題材にしつつも、詩集、特に「春と修羅」から多数引用し、宮沢賢治銀河鉄道の夜を書いている当時の心境に迫ろうとしている。一応本書は物語的な体裁をとっていて、銀河通信社の記者がカンパネルラと何らかの方法で通信した様子を速記取材したというスタイルで物語が始まる。そこに、どこかから中原宙也が電波ジャック的に割り込んで、かってに自説を語っていくという展開になっている。そして、銀河鉄道の夜だけでなく、宮沢賢治の恋について掘り下げられているのだ。ここで語られる宮沢賢治の恋については、今まで全然知らないことだったので、ちょっと驚いたのと、やはりというか、後年宮沢賢治をあまりにも神聖視してしまっているきらいがあるのではないかということ感じた。宮沢賢治も人間であり、暗い面も持ち合わせていても不思議ではないだろう。

「カムパネルラの恋」は中原宙也が銀河通信社を訪れて自説を開帳するという形式になっているのだが、こちらで語られるのも宮沢賢治にまつわる四つの恋の話。巻末の初出一覧を見るとこちらの方が先に発表されたようで、ここで評論しきれなかった部分を「カムパネルラ版 銀河鉄道の夜」に書いたのだろうか。

いずれにしても、読む前に期待したものとは違っていたが、ここで書かれていることで宮沢賢治に関する新しい視点を得ることができた。