隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

マネーの魔術史 支配者はなぜ「金融緩和」に魅せられるのか

野口悠紀雄氏のマネーの魔術史 支配者はなぜ「金融緩和」に魅せられるのかを読んだ。

この本は貨幣の歴史についての本で、サブタイトルにあるように、いかにして支配者がその価値を水増ししたのかということの説明だ。金融緩和とは貨幣の量を増やすことを意味していてる。金貨・銀貨が使われていた時代には、貨幣量を増やすのには、改鋳により金・銀の含有量を減らすことにより、貨幣の数量を増やすか、新たな鉱山の発見等により、金・銀の供給量を増やすかの2通りであった。というのも、かっては金・銀自体に基づく硬貨が使われていたから、おのずと貨幣の発行数・量の上限が決まっていたからだ。そして、このような金融緩和は結局はインフレを招き、最終的には破綻していった。しかし、今の世の中、どの国の貨幣も不兌換紙幣だ。国家は輪転機さえ動かせば、幾らでも通貨を供給できる。しかし、通貨を直接供給し続け、通貨が必要以上に市中に出回れば、必ずインフレが発生するだろう。

バブルの語源

経済が過熱して、特定の物の値段が実態とかけ離れて高騰する状態をバブルと呼んでいるが、これは「泡」になぞらえてそのように読んでいるのだろうと思っていたが、実際は18世紀にイギリスで施行された法律「泡沫会社禁止法(Bubble Act)」から来ているということだ。

1711年にイギリスに南海会社という会社が設立された。トーリー党(保守党の前身)の指導者で大蔵卿のオックスフォード伯爵ロバート・ハーレーにより、イギリス政府の債務を肩代わりするために設立された。南海とは南米におけるスペインの植民地のことで、イギリスの債務を肩代わりする代わりに、南海での貿易の特権を得ていた。スペイン継承衛戦争(1701~1714年)の終結時に結ばれたユトレヒト条約によりイギリスはスペイン王国奴隷貿易に参入できることになった。イギリスはこの利益を当て込んでいたが、貿易事業は振るわなかった。

1720年1月、社長のジョン・ブラントが、南海会社がイギリス政府の3000万ポンドの借金(国債)を同額の株式交換することを発案する。この時時価の株式と国債を交換したのだ。このことにより、南海会社の株式は急騰した。そして、空前の投機ブームが起き、多くの模倣者が現れた。中には詐欺的な会社もあり、そのような会社の設立者は金を集めて姿をくらました。南海会社の首脳はこのような詐欺的な会社を排除しなければ、自社株が売れなくなると判断し、議会に働きかけて成立させたのが泡沫会社禁止法だ。

しかし、南海会社の株価は6月に1050ポンドに達するが、年末には124ポンドに暴落し、破綻した。

ロシア革命とマネー

ウラジミール・レーニンは貨幣の廃絶を唱えていた。革命後の経済は、物動計画(政府が策定する資源の行政的配分)によって運営される。人々は必要に応じて、必要とするものを与えられるので、貨幣は不要となるはずだった。しかし、実際は革命後の政権はマネーを発行し続け、財政支出のために紙幣を増発し続けた。1920年までに国家予算の85%は紙幣の発行で賄われた*1。また、1913年初めに15億ルーブルであった紙幣残高は、1921年初めには2.3兆ルーブルになった*2。1918年3月にはペトログラード(現サンクトペテルブルク)の労働者の賃金は1914年に3月比で10倍になったが、食料の価格は80倍になった。そして、インフレにより貨幣経済が崩壊し、物々交換が行われるようになった。工場で働いていた労働者は食料を確保するために、親類を頼って農村に向かった。革命前に地主が所有していた土地は農民の所有に代わっていたが、労働力が足りずにいたので、都市の労働者は歓迎された。1918年から1920年までの間にペトログラードの人口の75%、モスクワの人口の50%が農村に流出した。

革命により農民は自分の土地を得、農作物を売れるようになった。しかし、インフレで物々交換になり、やがて強制的な農作物の徴発が始まり、ついには暴力的な奪い合いになった。その後マネーが復活し、都市との商品取引がなされたが、1920年からの集団化により、農民は集団農場に監禁された。マネーのない経済とは、人々が奴隷として働かされる経済なのであると本書では述べている。

*1:ガルブレイス「マネー」

*2:富田「国債の歴史」

狐火の辻

竹本健治氏の狐火の辻を読んだ。

湯河原のあたりで噂されている不思議な話・都市伝説の裏には実際に事件があったという感じのミステリーだ。最初の「序としての断章」にそれらの話が語られている。一つは森の奥の沼のそばに隠れ家があり、そこには黒いマントを被ったような男がいて、後ろから抱き着いて「手を返せ」と囁くという。もう一つは、土砂降りの雨の中大きくカーブした道路で事故を起こした老婆がいた。病院に担ぎ込まれた老婆が言うには、人をはねたような気がする。確かに車には人をはねたような形跡があるが、はねられはずの人間はなぜか現場にはおらず、忽然と消えてしまったのだ。更にもう一つは、タクシーの運転手が50歳ぐらいの痩せた陰気な男を見かけた。一週間ぐらいしてまた同じ男を見かけて、なんとなく気になって様子を見ていると、どうやら先を歩いている女をつけているらしい。運転手も気になって、男の後をつけると、墓地の辺りでいつの間にか男はいなくなり、つけられていたはずの女がいて、「私をつけていたのはあなたなのですね。ユルセナイ」と言い、手に持っていた刃物のようなものを振りかざすので、タクシーの運転手は這う這うの体で逃げたという話。

これ以外にも不思議な話・都市伝説の類が出てくる。そして、本作にはあの牧場智久も登場するのだ。実際にこのとりとめのない不思議な話を調べるのは湯河原の警察の楢津木刑事とその仲間なのだが、アドバイザー的に牧場智久にかかわってくる。楢津木は「涙香迷宮」にも出てきたし、さらにさかのぼると、「狂い壁 狂い窓」にも登場していた。牧場智久あるところには津木刑事ありなのか。実は今までなんとなく読んでいたようで、全然記憶に残っていなかったのだが、牧場智久は高校にはいっていない設定だったというのに今回改めて気づいた。武藤類子とコンビを組んでいた作品もあり、彼女が女子高生なので、なんとなく高校の知り合いから二人の関係がスタートしたのだと勘違いして記憶していたのだが、実際は全然違った。武藤類子は「凶区の爪」の最初の方に囲碁雑誌編集者の槇村柾夫の従妹として登場していた。すっかり忘れていた。

それともう一つ。本書では噂についてあれやこれや推理していく部分もあるが、そのような噂の推理って何かで読んだ記憶があったのだがと考えていたら、どうやらそれは「将棋殺人事件」のようだ。これも最後に読んでからかなりの時間がたっているので、細部どころか概要すら思い出せない。