隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

銀河の片隅で科学夜話 物理学者が語る、すばらしく不思議で美しい この世界の小さな驚異

全卓樹氏の銀河の片隅で科学夜話を読んだ。ジャンルとしては科学エッセイで、平易な文章で書かれていて、非常に読みやすい。この中で特に印象に残ったのは第13夜に出てきた「ガラム理論」だ。

ガラム理論とはフランスの理論物理学者のセルジュク・ガラムが、多数決の働きを理解しようと組み立てたモデルである。ガラム理論では、賛否の色々な意見を持った人が集まって多数決に参加することを想定し、その時人々を「常に定まった意見があり、賛成あるいは反対の意見を持ち続ける固定票タイプ」と「他人の意見を絶えず勘案して賛成・反対を決める浮動票タイプ」に分けた。浮動票タイプの人は最終的な判断に至るまで自分の意見を何度か変えるが、その際数人の意見を参考にすると想定する。各人の意見の調整・変更を繰り返して、集団の賛否の比率が安定になるまで続くとする。ガラムはこの過程を確率分布の方程式で表し、興味深い結論を得た。ただし、本書に式自体は書かれていないので、詳細は不明だ。

  1. 固定票タイプがいない浮動票タイプだけの社会では、意見の調整が進むにつれて、賛否いずれかの意見が優位になり、最後には全員が賛成、または全員が反対になる。この場合、最初の意見が仮に賛成が5割を超えていると、全員賛成になる。
  2. 「常に賛成」の固定票の人が5%いると(つまり95%は浮動票という事だろう)、たとえ最初に70%の人が反対であっても、意見の調整が進むと、最終的には全員賛成になる。
  3. 固定票の人が17%混じっていると、残りの83%の浮動票の人が全員反対だとしても、時とともに全員が賛成になってしまう。

この結論はある意味非常に恐ろしい。17%の固定票の人たちが正しい判断の元に確固とした信念をもって意見の主張をしているのならば、害はないのだろうが、何か誤った前提や情報をもとに強固な主張をし、それ以外の人たちが日和見的に状況を見ているような社会では、とんでもない事態が起きてしまうことが起こりえるのだ。この「ガラム理論」に関してとても興味が出てきた。


密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック

鴨崎暖炉氏の密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリックを読んだ。本書は、

「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」

という事が裁判所により認定された世界での密室を扱ったミステリーだ。そういう意味ではある種の特殊な世界でのミステリーでもある。ミステリーにおいてなぜ犯人は密室を構成したのかという「なぜ」がこれほどストーリー内で明確に規定されている物語はないだろう。密室が構成されていれば、容疑をかけられたとしても無罪なのだ。そのせいか、3年間で302件の密室事件が起こり、世間には警察に代わり密室の捜査をする密室探偵だとか、密室殺人を代行するものまで存在する世界になっている。

物語は高校生の葛白香澄が幼なじみの朝比奈夜月にイエティを見に行こうと誘われたことから、とんでもない厄介な連続密室殺人事件に巻き込まれるのが本書ので出しだ。ただ、イエティは埼玉にいるらしく、出かけた先は雪白館という山荘で、そこはかってミステリー作家の雪城白夜の持ち物だった。雪城白夜はその屋敷に作家や編集者仲間を集めてホームパーティをし、その時疑似的な密室ミステリーの推理ゲームを行ったことがあるのだが、誰もその密室の謎を解けなかったという逸話が残っている所だ。葛白香澄はイエティを見に行くように誘われ、当然最初は気乗りしなかったが、雪白館に止まれると知って、いそいそと出かけていくのだった。

「六つのトリック」という副題がついているぐらいに、これでもかというように密室事件が出てくる。密室連続殺人事件だ。内容はネタバレになるのであまりかけない。よくも色々と考え着いたものだというのが率直な感想だ。筆者は一時期ライトノベルの賞も応募していたようで、本書も軽い文体で書かれていて、そこも読みやすいと感じた。実際問題密室というのも現実世界ではあまり起きない(というかまず起こりえない)ことなので、あまりにもリアルに描写されても、違和感を覚えるような気がしている。