隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた

井上真偽氏の 聖女の毒杯 その可能性はすでに考えたを読んだ。本書は奇跡を探求する上笠シリーズの2作目。今回は前半部分の事件発生編の所には上笠は全然登場しない。前巻にも登場していた元中国マフィアの一員、現在金貸しのフーリンとフーリンにくっついてカブトムシを採取に出かけた元探偵助手で小学生の八ツ星聯が事件に巡り合い、八ツ星がその事件を解こうとする。第一部、第二部、そして解決編の第三部で構成されている。

今回の事件はこんな事件だ。フーリンが偶々参列することになったある嫁入りの儀式の際中、一つの大きな杯で回し飲みした酒で八人中三人が死んだ。毒を盛られたのだ。しかし、そこに問題が発生する。死んだのは、最初に酒を飲んだ花婿、三番目に酒を飲んだ花婿の父、七番目の花嫁の父、それと花嫁の父の前に盃の酒をなめた犬だ。さらに、その毒はヒ素で、花嫁がひそかに持っていたものと一致したのだ。だれが、どうやってこのような殺人を成し遂げたのか?

生き残った花嫁、花婿の親族が喧々諤々の議論をする中さっそうと登場した元探偵助手の八ツ星聯は次々と繰り出される推理を否定していく。だが、八ツ星には犯人の目星がつかない。このままではこの事件は奇跡になってしまうのか?

第二部では舞台は一転して、洋上の船の上。死んだ犬の飼い主の中国マフィアの女ボスが現れて、生き残った親族の容疑者の中から力ずくで、犯人を見つけ犬の敵を討とうとする。犯人を見つけるために、フーリンのかっての女ボスはフーリンに彼らを拷問するように指示するのだが……。

第三部の解決編で何があったか明かされるのだが、今回のはちょっといただけない。前巻では奇跡を否定するために可能なストーリーをこじつけでも何でもいいから提示すればよかったが、今回は関係者からの告白なので、荒唐無稽な話では結末がちょっとつまらないと感じた。

その可能性はすでに考えた

井上真偽市のその可能性はすでに考えたを読んだ。

これは非常にユニークで面白い構成のミステリーだ。タイトルの「その可能性はすでに考えた」は探偵役のお決まりのセリフ。この小説の探偵役は上苙丞は外見は以下のように記述され、

見た目は碧眼白皙の美青年だ。人形めいた端正な顔立ちに、男に与えるには過分までの玉肌香膩。加えて瞳は右は翡翠、左はターコイルブルーの虹彩異色眼と、実に道化じみた傾き具合で大層笑える。

ユニークだが、「この世には奇跡が存在する」ことを信じていて、それを信念にしてる点が面白い。依頼人が持ち込んできたある事件を検証し、それは奇跡に違いないと言い切ってしまうのだ。今回依頼人が持ち込んできた事件とは15年前に某県の山中で起きたとある教団施設での集団死亡事件に関してだ。教祖と信者合わせて33名の内、1名を除く32名が死亡した。そして、その事件の現場では奇妙な出来事が発生していたのだ。生存者の1名は幼い少女であるのだが、その少女の傍らには首と同が切り離された少年の遺体があった。その少年の首を切り落とした「ギロチン」は、遺体から離れた家畜小屋にあった。ギロチンの重さは50キログラム以上あり、幼い少女では移動させられない。また、同じ理由で少年の遺体を移動させることもできない。この二人以外の教団関係者は、外から施錠された拝殿の中で発見されていた。また、施設自体も監視装置で見張られており、誰も出入した痕跡がない。では、いかにして、少年の首を切り落とし、遺体と凶器を分離させたのか?

そして、ここからがこの小説の面白いところで、探偵が奇跡が起きたという事件の推理を否定する刺客が送り込まれてきて、奇跡ではないと否定するのだ。この勝負は刺客側が圧倒的に有利だ。刺客は事件を説明できる可能な道筋を見つけるだけでいい。一方探偵側はありとあらゆる可能性を考慮して、そのすべてを否定するという「悪魔の証明的」な推理を行わなければ、奇跡を証明したことにはならない。このところがストーリの肝になっているわけである。
探偵が「その可能性はすでに考えた」と言って、調査結果の書類のページを指摘する。そこには、刺客の推測がすでに検討されて、それを否定する根拠が書かれている。刺客も一人だけではなく、次々に送り込まれてくるのだが、なぜそのような刺客が送り込まれてくるかも、ストーリーの重要な要素となっている。

とにかく全体の構成がユニークで面白かった。この小説には続編があるようなので、そちらも読んでみようと思う。