隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

かけおちる

青山文平氏のかけおちるを読んだ。

本書は四つの駆け落ちの物語である。と言っても連作短編ではなく、長編小説だ。主人公は柳原藩執政阿部重秀だ。政阿部重秀は家業として鮭の種川に取り組んでおり、ようやくその結果が出たところであった。鮭の種川とは鮭が産卵しやすいように川を整備して、稚魚を増やすことである。結果的に多数の稚魚が成魚として戻ってきて、多くの鮭がとれることになる。種川の考えはもともとは江戸藩邸にいる娘婿の長英から興産の案としてもたらされたもので、藩の興産事業として進めようと考えていたが、認められなかった。そのため種川を家業として進めたのだが、実際にそれを業として成り立たせたのは名主の中山藤兵衛と阿部家の若党の森田圭吾であった。種川を始めて三年が経ち、川を遡上する鮭の量を見て、家老の岩淵周蔵は長英を国許に戻すころあいだという。阿部重秀はこれは自分が致仕するのにちょうどいい機会だと考えた。理由の一つは一つの家から親子が藩の重職を占めることへのためらい。もう一つは、重秀が人の目から遠ざかっていたい気持ち。人の眼から遠ざかっていたいので、致仕しようと考え出したのはずうと前のことであった。

本を読み進めていくと、重秀の人の目から遠ざかっていたいという気持ちは、妻の駆け落ちに関係していることがわかってくる。重秀が妻の民江を娶ったのは二十七年前、郡奉行の御蔵方に上がった年で、重秀は三十二歳だった。一方民江は二十七歳で、行き遅れたのは、縁者の者と不義を犯したことがあるかららしいという噂があったからだ。その民江が五年後、四歳になる一人娘を残して、漢詩の世話役と駆け落ちしたのだ。重秀は妻仇討の願いをだし、一月後に二人を討ち果たしたと届けを出した。これが一つ目の駆け落ちだ。

二つ目の駆け落ちは、重秀の一人娘理津が十六の時に俳諧の点者と駆け落ちした。重秀は三日後に脇街道の旅籠にいる理津を見つけ、連れ戻した。娘婿の長英はそのことを知りつつも、婿になると言ったのだ。一宮の例大祭で奉納の舞を舞う三人の巫女役の一人だった理津を見初めたからだという。

この後ストリーは江戸にいる長英が興産の種を見つけようと必死になっている姿が描かれ、なぜ、妻の民江が駆け落ちしたのかの理由が明らかにされる。そして、後残りの二つの駆け落ちが描かれていく。

本書で書かれている村上藩の鮭の種川は実際のことで、1762年(宝暦12年)から実施されたようだ。