隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

心を操る寄生生物 : 感情から文化・社会まで

キャスリン・マコーリフの心を操る寄生生物(原題 This Is Your Brain on Parasites)を読んだ。本書を一言でいうなら、我々の行動は寄生生物によってコントロールされているというのだ。

本書は大きく2つに分かれる。

  1. 寄生生物が我々の生物の中で何をしているのか、その結果何が起きるのか
  2. 寄生生物を忌避するために、我々人間はどのような思考・行動をするのか

注意しなければいけないのは、「寄生による病変なのか、寄生による操作なのか」を正しく評価しなければいけないことだ。しかし、この二つを正しく判断するのは難しいと思われる。

まず、前半の例として、鉤頭虫の一種で、ムクドリダンゴムシの間を移動する寄生生物が登場する。鉤頭虫に寄生されたダンゴムシは、なぜか湿度の低い場所に引き寄せられる確率が高くなっているという。その結果、鉤頭虫に寄生されたダンゴムシムクドリに捕食されやすくなるという。そして、実際の野生環境で、あるひな鳥の喉の周りに細いモールをつけ、親鳥が与えたエサを呑み込めないようにして、どのようなダンゴムシを食べたか調べたところ、ダンゴムシの三分の一が鉤頭虫に寄生されていた。ところが、そのひな鳥の周りのダンゴムシを調べると0.5%程度しか鉤頭虫に寄生されていなかった。どのように鉤頭虫がダンゴムシをコントロールしているかは不明だ。

次に登場するのはコオロギの例だ。ある所でコオロギが池や川に飛び込んでいるのが目撃された。そして不思議なことにそのコオロギからニョロニョロした虫がはい出してきたらしい。そのニョロニョロした虫はハリガネムシなのだが、ハリガネムシは宿主の体から抜け出て、水中で交尾し、メスが卵を産んで、それが孵化して幼虫になる。幼虫は水の中で泳ぎ回るうちに、蚊の幼虫であるボウフラにしがみつき、その体内に隠れる(囊子となって休眠状態になる)。ボウフラが蚊になると、寄生生物も一生に陸上に行き、蚊がコオロギに食べられてると、囊子が活動状態になり、ハリガネムシとなる。疑問はハリガネムシはどのようにして宿主を水に誘い出すのかだ。どうやらハリガネムシはコオロギが持つある神経物質を大量に作り出しているようなのだ。また、寄生されているコオロギは視力に関係するたんぱく質の量が多く、おそらくハリガネムシがコオロギの視覚に何らかの影響を与えているのではないかという推測が成り立つ。そして、決定的なのは、寄生されているコオロギは光を好む性質があるようなのだ。つまり、「樹木がなく水がいっぱい溜まっている場所で、月の光がきれいに反射するところ」に誘導しているのであろうという仮説が成り立つのだ。

猫好きの人はぞっとするかもしれないような寄生虫もいる。トキソプラズマ原虫だ。この種は猫の体内のみで有性生殖でき、糞に混じって外に出るため、猫のトイレ掃除の際に人間にも寄生する場合がある。また、鼠を中間宿主としていて、寄生されている鼠は猫を恐れなくなるという症状がみられる。トキソプラズマドーパミンの生産に関与するたんぱく質を合成するDNAを有しており、それが鼠の行動に影響しているかもしれない。また、寄生されている人間では、自分が催眠術でコントロールされる可能性が高いと思っていたり、危険な状況でも、ほとんどまたはまったく恐怖を感じない傾向がある。また、交通事故に遭う確率が高いという研究結果もある。

本書の後半である「寄生生物を忌避するために、我々人間はどのような思考・行動をするのか」の部分は、正直に言って、あまり興味深くはなかった。この部分は本書の内容と関係なくもないのだろうが、どういう理由でそのような行動をとるのかを立証するのは非常に困難だと思われる。多数の心理学的な実験によってある種の傾向は導き出せるだろうが、それを説明する論理的な部分があくまでも仮説の域を出ず、実験によって確かめようがないからだ。

ただ、興味深かったのは宗教と衛生の話で、

モーセの律法は、ユダヤ人の聖職者に手を洗わなければならないと宣言した―今日、科学的によく知られた最も効果的な公衆衛生の方法だ。律法にはさらに多くの医療の知恵が含まれている。それは、豚肉(旋毛虫病、回虫による寄生虫病の原因)と貝(汚染物質を凝縮する濾過接種動物)を食べるのを避け、息子を割礼する(細菌は陰茎包皮の下に集まることがあるため、それを取り除けば性感染症の広がりを抑えられると信じられている)という、有名な警告だけではない。

ユダヤ人は、以下のようなことも求められた。安息日(毎土曜日)の入浴。井戸にふたをすること(獣害や昆虫の侵入を防ぐのによい考えだ)。血、糞、膿、精液などの体液に触れた場合は清掃の儀式を行う、ハンセン病その他の皮膚病の人々を隔離し、地域社会で感染が収まらなければ衣服を焼く。死体は腐敗の前に迅速に埋葬する。皿と食器は使用後に熱湯に沈める。自然に死んだ(病気で倒れたかもしれない)動物の肉は食べない、また二日(悪臭がするギリギリの日数)前より古い肉を食べない。

の部分だ。旧約聖書は読んでいないが、そのようなことが書かれていたとは驚きだ。ただし、ハンセン氏病に関しては現在の知見と照らし合わせると間違いではある。