隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

わたしたちが孤児だったころ

カズオ イシグロ氏の わたしたちが孤児だったころ(原題 When We Were Orphans)を読んだ。この本のあらすじは

1900年代初め、上海の租界で暮らしていたクリストファー・バンクスは十歳で孤児となった。貿易会社に勤める父と、強い倫理観をもつ美しい母が、相次いで、謎の失踪を遂げたのだ。どうやら当時問題となっていたアヘン貿易絡みの事件に巻き込まれたらしかった。イギリスに戻り、探偵を志してきたクリストファーは、名門大学を出て念願の探偵となり、ロンドン社交界でも名を知られるようになった。いつかこの事件を解明し、両親を探し出したいと願いつつけてきた彼は、日中戦争が勃発し混迷を極める上海へ舞い戻るが……。

と書かれている。なるほど、体裁はミステリーポイ感じになっているが、イシグロ氏の作品なので、単純なミステリーではないだろう。このあらすじを読んで不思議に感じたのが、タイトルが「わたしたちが」となっているところだった。それは英語の原題も「We」となっていて、日本語のタイトルにしたときに、何らかの意図があってこうしたのではなさそうなのだが、このあらすじにおいては孤児なのは主人公のクリストファーだけである。「もう一人、あるいは二人の孤児は誰なのだろう?どのようにストリーにかかわってくるのだろう?」というところに興味を惹かれて読んでみた。

この作品は長い小説だ。500ページ以上ある。語り手はクリストファー・バンクスで、1930年の時点から自分の過去を振り返りながら、何が起きたのかを彼の視点で語っている。1923年に大学を卒業し、探偵業を始めたこと。その後、色々なかかわりを持つことになるサラ・ヘミングスとの出来事。上海時代の子供の頃の話。隣の家に住んでいた幼馴染の日本人のアキラという少年のこと。父親の会社がアヘン貿易で儲けていたこと。母親はそのことを恥じていて、父親を罪深い交易にかかわっていると糾弾するとともに、反アヘン運動に参加していたこと。その反アヘン運動を手助けするために、頻繁に家に訪ねてきていたフィリップ小父さんのことなどなど。そして、ある日突然、父親が失踪してしまったこと。数週間後、母親も失踪してしまい、孤児となったクリストファーはイギリスの伯母さんの所に送り返されることになったこと。

本書の半分近くのページ数を割いて以上のようなことがクリストファーの視点で語られていく。しかし、なかなかクリストファー以外の孤児は登場しなかった。サラ・ヘミングスは物語に登場したころ両親を既に失っていたので、孤児だったのかもしれないが、明確にはされていない。そして、ついにクリストファーは偶然ジェニファーというカナダ人の少女の両親が亡くなったことを知り、養女として引き取ることになり、ここにもう一人の孤児が登場することになる。

物語の後半は1937年になり、ついにクリストファーが上海に戻り、事件の捜査をするところに移るのだが、驚いたことに、クリストファーは彼の両親がまだ上海のどこかに幽閉されていると信じており、周りの人間もそのことに何の疑いを抱いていないことなのだ。領事館の職員は、両親救出の後は式典を開いて大々的に救出を発表しようとしている。また、クリストファーはかって彼が暮らしていた家を訪ねるのだが、そこには中国人一家がずうっと住んでいる。にもかかわらず、中国人はフリストファーが両親を取り戻したら、家を帰すことを約束するのだ。この辺りは何が事実で、何がクリストファーの思い込みなのか判然としなくなってくる。そして、最終的に上海でクリストファーが知ったことは彼が考えていたこととは全く違ったことで、彼自身の現在も否定したくなるようなことだった。

子供の時に急に両親を失い孤児になることで、クリストファーの世界は崩壊してしまった。故郷であるはずのイギリスに戻っても、何か居心地の悪い感じが常に付きまとうし、守ってくれる人もなく、いきなり世間に無防備に放り出されてしまったようなものだ。クリストファーは両親さえ戻ってくれば、崩壊して世界は元通りになると信じ、そのために探偵になり、上海に戻るのだが、彼の思っていた通りには世界は再構成されるはずはなかった。クリストファーに引き取られたジェニファーも何か人生に困難なことを抱えていて、それが原因で田舎に引っ込んでしまったことが物語の最後でそれとなく語られるのだが、彼女も崩壊した世界を取り戻すことができなかったのだろう。

最後まで読み、なぜこの小説のタイトルが「わたしたちは」なのかを考えているのだが、明確な答えは得られていない。このタイトルの孤児は具体的な誰かではないのかもしれない。