隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

生物の「安定」と「不安定」 生命のダイミクスを探る

浅島誠氏の生物の「安定」と「不安定」 生命のダイミクスを探るを読んだ。本書にはゲノムに関する知見、細胞間のコミュニケーション、生命を維持するための恒常性、老化などについて書かれている。NHKブックスなので、一般向けの本だと思われるが、書かれている内容は結構専門的で、読んでいても字面を追うだけで、内容を深く理解できないところも多数あったが、興味深い内容だった。浅島氏の述べていることが、福岡先生の動的平衡と非常に似ているので、その点も興味深く読んだ。

エビゲノムによる遺伝子の活性化・抑制

エピゲノムと生命 - 隠居日録を読んだときには、エビゲノムが遺伝子の発現を抑制する部分しか読み取れなくなって、「活性化する場合もきっとあるのだろう」と漠然と考えていたのだが、そのことが本書に書かれていた。DNAの塩基でCの後にGが続く配列があるとき、Cにメチル基がつく(メチル化)ことがある。メチル化するとDNAの転写が起こりにくくなり、その遺伝子の発現は抑制されることになる。また、DNAはヒストンというたんぱく質に巻き付いているが、このヒストンにアセチル基がつく(アセチル化)と、遺伝子の活性化が起こって、転写が促進されることがある。これが、エピゲノムによる遺伝子の抑制と活性化だ。

細胞が分化する仕組み

ES細胞なりiPS細胞なりから、まるで魔法のように色々な臓器を作ることができるのだが、いったいどのようにしてそのようなことが可能なのだろうかということは前から不思議に思っていた。生物は、細胞を分化させ、器官へと形成を促す物質を分泌している。筆者は長年にわたって、この研究に没頭したようで、ヒトの様々な細胞を培養した上澄み液を使ってテストを繰り返し、その中の2種類に強い活性を見出した。そこから誘導物質を取り出し、それが「アクチビン」であると同定し、1989年に発表したそうだ。アクチビンやレチノイン酸のような誘導物質やその活性を抑制する物質は、発生中の胚の中で局所的に濃かったり薄かったりする「濃度勾配」を作って存在している。このような因子をモルフォゲンと呼び、モルフォゲンの濃度の違いを受け取る側の細胞が感知するとき、異なるシグナル伝達の活性化を介して、遺伝子発現のプログラムの違いを生みだしている。

アトポーシス

細胞には寿命があっていつか死が訪れる。それをアトポーシスと呼んでいるが、細胞内で起きることは劇的だ。ある時期が来るとカスパーゼというタンパク質分解酵素を活性化するシグナルが細胞外から来て、細胞内にあったカスパーゼは核膜を消失させ、DNAのクロマチン構造をバラバラにし、細胞小器官を破壊し、細胞内の情報伝達経路を破壊し、DNAの修復機構まで破壊して、細胞を分解させてしまう。興味深いのは、ヒトの胎児も一時期手の指の間に水かきのような膜を持っているが、この部分の細胞がプログラムされた通りに死んで、取り除かれるので、我々の指の間には膜はないのだという。それもアトポーシスの仕組みにより細胞が死んでいるというのだ。このアトポーシスを取り除くことは我々を成り立たせなくする可能性がるということなのだろう。

がん遺伝子

受精卵から発生が進む中で、特に胞胚期に細胞分裂傘なんであるが、この細胞分裂を盛んにさせているのががん遺伝子だというのだ。がん遺伝子が存在することにより、生物の発生は順調に進み、形態形成を行い、色々な器官や細胞がつくられ、やがて個体ができることになる。しかし、細胞は常に増殖すればよいというわけではないので、発生や成長の過程で、ある所まで来ると、それ以上増殖する必要がなくなる。そのとき、がん遺伝子の働きを止めるのが、がん抑制遺伝子である。

「細胞を増殖させよ」とぃう命令を出す物質の一つにタンパク質EGF(Epidenmal growth factor)がある。これは細胞増殖因子(サイトカイン)の一種である。EGFが細胞に至ると、その表面にあって細胞質内に通じているEGF受容体に結合する。すると細胞質側にはリン酸が付き、リン酸化されたEGF受容体はタンパク質Grb2と結合して、Rasを活性化する。このRasががん遺伝子だ。RasはRafを活性化した後は、増殖を促さないが、何らかの理由で活性化した状態にとどまり、増殖を促し続けてしまう。