隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

アルテミス

アンディ・ウィアーのアルテミス(原題 ARTEMIS)を読んだ。火星の人の作者の第二作目で、火星の人は未読だが、映画「オデッセイ」は金曜ロードショウで放送された時見て、面白いと思った。ただ、「オデッセイ」は最初は食料のことで困っていたはずなのに、芋畑のキャビンが破壊されてしまった後は食料のことがあまりクローズアップされなくて、ちょっと疑問だった。

さて、アルテミスだ。アルテミスは月にある人口の都市で、5つのドームに2000人の人々が住んでいるという設定になっている。時代は今世紀の終り頃、そこに住むジャスミン・バシャラというアラブ系の26歳の女性が主人公になっている。彼女は17歳の時に父親とボーイフレンドがしでかしたことで仲たがいをしていて、それ以来不安定な収入の生活をしている。本業は配達業者だが、裏では密輸を生業にしている。彼女は金が必要なのだ。必要な額は41万6922スラグ。だが、現在の全財産はその2.5パーセントしかない。そんなところに、裏稼業のお得意様のトロンド・ランドヴィクからある仕事を持ち掛けられた。トロンドはノルゥエーのテレコム産業で財を成した大金持ちだ。報酬は100万スラグ。だが、その仕事とはヅバリ破壊活動だ。月面にあるアルミニウム会社のサンチェスがアルミニウムの原料となる灰長石の採掘に使っている4代の収穫機を使い物にならなくすることだった。そう、彼女は金が必要なのだ。だから、取引は成立し、彼女は収穫機を破壊することになる。

上巻の出だしから、何かの事件が進行している状況から始まり、最近のハリウッド映画的に、一気に読者を物語に引き込む構成になっている。ただ、この小説の主人公はアラブ系の女性で、あまりモラルがない(男性関係にも、ただしそういうシーンがたくさん出てくるわけではないが)ので、映画にはしにくいだろうなぁと思いながら読んだのだが、下巻の解説を読むと、どうやら映画化の話が進行しているのだという。この設定のままで映画にするのだろうか?

この月面都市アルテミスはアメリカが作ったのではなく、ケニア・スペース・コーポレーションが作ったことになっている。ケニアは赤道に位置しているという宇宙開発の地の利を生かして、世界中から資金を調達して月面都市を建造してことになっている。その立役者で当時の財務大臣デリス・グギが初代の統治官としてアルテミスを治めているという設定になっているのだが、小説では行政機構についてはあまり詳しく語られてはいない。西部劇の保安官的な治安官が警察業務を行っているようだが、彼も一人で事に当たっている印象を受け、それはちょっと無理ではないのか?と思ってしまった。この辺りは意図的にそうしているのか、偶然こうなったのかはわからないが、このいい加減な統治機構・行政機構、犯罪に対するモラルがどうしても西部劇的な感じがしてしまった。と言っても、この世界には銃は蔓延していないし、所持している人間も稀なので、いきなりドンパチが起こるわけではないが。

それと、宇宙空間・月面の重力にいての描写があちらこちらにちりばめられており、そのあたりは作者の得意とするところだろうし、うまくストーリにかかわるようになっているので、この小説の楽しいところだ。