隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

納屋を焼く

村上春樹氏の納屋を焼くを読んだ。2018年の年末にNHKでバーニングというドラマをやっていて、見るとはなしに見たのだが、さっぱり訳が分からなかった。

www6.nhk.or.jp
(以下内容に触れるので)

酒を飲みながら見たので、理解できなかったのかとも思い、原作を読んでみようと思って、読んでみた。短編なので登場人物は3人と少ない。語り手の僕、作家で既婚者であるが、友人の結婚パーティーで知り合った若い女と付き合っている。その女がまとまった金が入ったのでアフリカのアルジェリアに旅行に行った。旅行から帰ってくると、現地で知り合ったというボーイフレンドを連れていた。そのボーイフレンドは納屋を焼くのを趣味だと言い、近々男の家の近所の納屋を焼くという。そのことが気になり、家の周りの納屋に気をくばっていたのが、一向に納屋が焼ける気配がない。女からの連絡もなくなった。それから一年後、偶然街で男を見かけて、納屋の件を聞くと、既に焼いたという。男が女の近況を尋ねてきた。僕は知らないので、「どっかに旅行にでも行ったのではないか」と答えると、男は「彼女は一文無しですよ」と言った。そして、納屋が焼かれた気配ななく、時が過ぎていく。

読んでみたのだが、やっぱりわからなかった。

どうももやもやして気持ち悪いので、どういうことかと検索してみると、以下の様な評論を見つけた。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/220415/1/soc.sys_20_359.pdf

なるど、「納屋を焼く」=「殺人」ということか。男は慥かに「納屋を焼いた」と言ったし、なぜか女は突然行方が分からなくなった。

もう一度ドラマを見直したが、ドラマの方は約100分ぐらいあるので、オリジナルの小説に色々付け足している。「納屋を焼く」=「殺人」であるかどうかわからないが、そうであると思ってみると、なんとなく色々それを示唆することがちりばめられているような気もする。ただ、ドラマでは、アフリカからの旅行から帰ってきて、ホルモン鍋屋で女が「死ぬのが怖いから、最初からいなかったように消えてなくなりたい」というような主旨の発言をしている。これは何なのだろうか?結局わかったようなわからないようなもやもやはいまだに晴れない。