隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

元年春之祭

陸秋槎氏の元年春之祭を読んだ。現代中国人作家の書いたミステリーというのが私にとっては非常に新鮮だった。本文中に多数引用されている中国古典に関しては全く知識がなく、ちょっと読みにくい感じなのだが、ミステリーとしては謎を解くには中国古典の知識は必要ないことだけは明確に記しておく。

物語の時代は前漢の時代の天漢元年(紀元前100年)、豪族の娘である王陵葵は楚の雲夢澤という集落を訪れた。葵がこの地を訪れた理由は明確に述べられていないが、集落の観無逸が執り行っている祭祀を見るためと思われる。王陵葵は一族の隊商とともに旅をしていると発言しているが、この地には侍女の小休だけが付き従ってきているだけなのだ。王陵葵はこの地で観氏の娘である露申と友誼を結ぶが、その二人の関係のストレートなものではなく、一筋縄ではいかない。それは王陵葵の性格に由来しており、かなりきつい性格なのだ。そのため露申に対しても侍女の小休に対してのように上からの目線で強く当たることもある。そして、侍女の小休に対しては、気に入らないことがあると、言葉だけではなく、実際に折檻することもあるのだ。

物語は、王陵葵が到着した最初の日に観露申から4年前に観無逸の兄である観無咎一家に起きた不幸な事件について語って聞かせるところから始まる。観無咎の娘の若英は父に折檻され、逃げ出して観無逸の娘の芰衣に助けを求めた。芰衣が様子を見に観無咎の家を訪れると、一家は全員殺されていた。観無逸の家と観無咎との家の間には一本道があり、その道は観無咎家の先にもつながっている。しかし、その日は雪が降っていて、観無逸の家と観無咎との家の間には若英の足跡があったが、その先の道には足跡はなかった。王陵葵は犯人は芰衣だと指摘するが、「葵は芰衣姉さまの事は何も知らないのに」と非難されてしまう。

そして、その翌日に祭りの手伝いのために訪れていた観無逸の妹観姱が倉庫の中で殺されていた。倉庫の周りには人がいて、誰も出入していないはずなのに。王陵葵は露申と一緒にいたので、この件にはかかわっていないことから、観無逸に犯人を捜してほしいと頼まれた。だが、殺人はこれだけではなかった。次にはこの地を訪れていた学者の白止水が、観無逸の娘の行離がと次々と殺されたのだった。

巻末に作者のあとがきがあるのだが、このストリーは慥かに、現在では成り立たない設定で、過去に舞台を置かなければならないだろう。言葉は呪いだということを改め思い起こす物語になっていて、興味深かった。

276ページの 6行目に

そういって葵は左腕を伸ばし、短刀を片手に持って、切っ先を葵のあごの下へ突きつけて喉まで一寸とない場所で止めた。

とあるのだが、最初の「葵」は「露申」の誤植だろう。