隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

民主主義の死に方 二極化する政治が招く独裁への道

ティーブン・レビツキー, ダニエル・ジブラットの民主主義の死に方 二極化する政治が招く独裁への道(原題 How Democracies Die)を読んだ。

本書のタイトルは「民主主義の死に方」になっており、英語の原題も「How Democrcies Die」なっているが、単にどのようにして民主主義が行き詰るかということだけを書いているわけではなく、アメリカ合衆国の政治史、そして、ここ30年ぐらいの間にどのように共和党民主党が対立して、トランプ政権が誕生したかが書かれている。そして、これを読むと、果たして二大政党制というのは正しい選択なのか?二大政党制であったとしても、相手に対する敬意と寛容の精神、更に自己の行動に対しての自制が無ければ、民主主義は立ちいかなく、それはただ単に政治の問題だけではなく、国家の危機に繋がっていくことになるのだということを改めて理解した。

著者はこの本の中で何度も何度も繰り返して述べていることがある。民主主義がうまく機能し、より長く生き残るのは、成文化されていない民主主義の規範に従っている時だ。この民主主義の規範とは、「相互的寛容」であり、互いに競い合う政党はお互いを正統なライバルとして受け入れるという理解、ライバルは敵ではなく、完膚なきまでに叩きのめす対象ではないということ、もう一つは「自制心」である。組織的な特権を行使するときは、政治家は節度をわきまえるべきであるという考えだ。この二つの事を忘れて、極端な二極化したのが現在のアメリカの共和党民主党であり、この問題の萌芽は1970年代後半には既にあったというから驚きだ。そして、この状況が35年以上続いた結果、トランプ大統領が誕生したのだ。

独裁主義への道

本書の前半の方では、武力クーデータによってではなく民主主義が崩壊した例を世界各国から紹介してる。あのナチス党やファシスト党ですら最初は武力によってその政権を確立したわけではなく、そのような例は世界にたくさんある。著者は独裁主義に至る危険な4つの兆候を紹介している。

ゲームの民主主義的ルールを拒否(あるいは軽視)する
憲法に従うことを拒否する。選挙を停止する。憲法を侵害する、停止する。特定の組織の活動を停止する。政権交代のために超法規的手段を取る。選挙の正当性を弱めようとする。
政治的な対立相手の正統性を否定する
ライバルを危険分子とする。または、現在の憲法秩序に反していると訴える。ライバルを国家安全保障上の大きな脅威であるとする。対立する政党のライバルを根拠もなく犯罪者だと見なす。ライバルが法律違反を犯していると訴え、政治に参加する資格がないと主張する。何の根拠もなくライバルを外国のスパイだと決めつける。
暴力を許容する・促進する
武装集団、準軍事組織、民兵、ゲリラなどの暴力的は反社会的勢力とつながりがある。自ら率先して、又は協力関係にある党を通して、対立相手への攻撃を後援・奨励する。支持者の暴力をはっきりと非難せず、懲罰を与えないことにより黙認する。過去に国内・国外で起きた象徴的な政治的暴力事件をほめたたえる。
対立相手の市民的自由を率先して奪おうとする
市民的自由を制限する法律や政策を支持する。対立する党、市民団体、メディアの批判者に対して法的・罰則措置を取ることを示唆して脅す。過去国内・国外で行われた政府の抑圧的な施策を褒め称える。

このようなことを放置することにより、民主主義は壊れて独裁が始まってしまうのだ。ここに書かれていることは一見自明と思われるが、このようなことが起こってしまった国では、ある種狂気ともいえるような熱狂状態で、これらのことが許容されてしまったのだろう。

アメリカの大統領制

かねがねアメリカの大統領選挙において、選挙人による間接選挙の仕組みが設けられていて、なぜなのだろうと思っていたのだが、これは大衆扇動家が選ばれないようにするための仕組みだったということが本書に書かれている。それは、ハミルトンの「ザ・フェデラリスト」の第68編の考えをもとにしている。

大統領に適する資質とはどういうものかを分析でき、また、選択に当たっては、熟考するにふさわしい状況の下で、また、しかるべき理由と動機とを持ち合わせる点でも好ましい条件の下で行動できる人々によって、直接(大統領が)選挙されることが望まれていた。

しかし、この考えは長く続かなかった。1800年代に政党が誕生すると、「選挙人団のための代議員を地方の名士から選ぶ」というアメリ憲法の想起者の考えは、それぞれの州が特定の政党支持者を選出するようになった。そして選挙人(代議員)は政党の代理人になり、大統領候補を選ぶ権限は政党に委ねられることとなった。そして、当初は党の有力者のチェックがあり、そのチェックを通らない限りは大統領候補にはなれなかったのが、1972年から予備選挙方式に切り替えられてて、党の有力者のチェックが及ばない方法に変わってしまったのだ。この予備選挙は今日われわれが目にしている方式だ。

アメリカの民主主義の崩壊

アメリカの民主主義の崩壊の兆しは1978年にさかのぼるという。その年、ジョージア州の下院選挙でニュート・ギングリッチ共和党候補として三度目の挑戦をしていた。彼は地元の大学の歴史学の教授であったが、過激なレトリックを用いて変化に飢えた聴衆に訴えかけ、130年間にわたって民主党議席を守っていた選挙区で勝利をおさめた。その後ギングリッチ共和党の執行部の階段を駆け上り、1989年には下院少数政党院内総務に、1995年には下院議長に就任した。民主党のバーニー・フランク下院議員はギングリッチについて、以下のように指摘している。

ギングリッチアメリカの政治を「たとえ意見が一致しなくても相手の善意を尊重する」というものから「反対者を不道徳な悪人として扱う」ものに変えた。いわば、マッカーシズム支持者が成功を遂げたようなものだ。

共和党の強硬路線はビル・クリントン大統領就任中にさらに加速した。そして、多数党院内総務のトム・ディレイの時代にさらに先鋭化した。彼はロビイスト企業に対して共和党員だけを雇うように圧力をかけたり、共和党の役員への支持や献金に基づいてロビイスト企業を法律的に優遇する「見返り献金システム」を作り上げた。ジョージ・ブッシュが大統領就任にあたって議会の現状についてディレイから次のように説明を受けたという。

我々は民主党と協力などしません。仲を裂くか、まとめ役になるかなどという議論はそもそも起こりません。

その結果、民主党超党派の協力を避け、相手を妨害することに専念した。上院のルールを巧みに使い、共和党が提出した法案について議事の遅延と阻止を繰り返した。民主党が大統領を邪魔するために自制心を棄てると、共和党は大統領を守るために自制心を棄てた。

この本を読むとアメリカの民主主義は、共和党民主党の対立によりもう後戻りできないところまで来てしまっているのではないだろうかと思えてくる。トランプ大統領だけが何か過激な行動や発言をしているような印象を今まで持っていたが、そうではなく、もう30年以上も前から、政党の二極化による対立が始まっていたということに驚きを覚える。トランプ大統領がこのまま再選されて大統領を続けるかどうかは、全くわからないが、トランプ大統領に代わる大統領になったとしても、この二極化の対立は簡単にはなくならないであろう。