隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

私が大好きな小説家を殺すまで

斜線堂有紀氏の私が大好きな小説家を殺すまでを読んだ。前シリーズはミステリーだったが、本作はミステリーではなく、シリーズものの一冊でもない。

『憧れの相手が見る影もなく落ちぶれてしまったのを見て、「頼むから死んでくれ」と思うのが敬愛で「それでも生きてくれ」と願うのが執着だったと思っていた。だから私は、遥川悠真に死んで欲しかった」

こんな書き出しで始まる物語は、切ない話だ。人気小説家の遥川悠真が失踪し、警察が調査のために彼の自宅を調べたら、部屋の中話荒らされ放題に荒らされていた。しかし、パソコンだけは荒らされていず、その中に「部屋」という題名の文書ファイルが残されていた。本書は、この「部屋」という文書ファイルを調査のために女性刑事が読むという形式になっている。どうやらその「部屋」は幕居梓が書いたようなのだ。幕居梓とはだれか?

幕居梓は小学六年生の少女だった。そして、母親に虐待されていた。唯一の楽しみは大好きな遥川悠真の小説を読むことだったのだが、家ではそれが許されなかった。母親が外から物を家の中に持ち込むことを赦さなかったし、梓は夜の7時から朝の7時まで押し入れの中で過ごさなければならなかったので、本を読むことができなかったのだ。或る日梓は学校の図書室の司書から遥川悠真の新刊を借りたのだが、それを母親に見つかり、罰を与えられた。遥川悠真の新刊はガスコンロで焼かれ、近所の本屋で遥川悠真の本を万引きさせられたのだ。そして、母親が失踪した。梓は自分の世界が崩れてしまったことに絶望を抱き、盗んだ遥川悠真の本を持って家を出た。そして、踏切へ。そこを遥川悠真に見咎められ、助けられた。助けた理由は、遥川悠真の本を持って自殺されては外聞が悪いからだ。それから二人の奇妙な共生生活が始まっていった。

作者はあとがきで、

「才能を愛された人間は、その才能を失った後にどうすればいいのか」あるいは「誰かを神さまに仕立ててしまった人間は、変わりゆくその人とどう向き合えばいいのか」の話でした。

と書いているけれど、本当にそういう話だった。予想される通り、ハッピーエンドではない、切ない終りになっている。この小説のタイトルと冒頭の文章から、梓がとったのは「敬愛」なのか「執着」なのか。それを想像しながら読んでいくのもいいだろう。