隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

拳銃使いの娘

ジョーダン・ハーパーの拳銃使いの娘 (原題 She rides shotgun)を読んだ。

ネイト・マクラスキーは刑務所から出所すると同時にギャング組織から命を狙われることになった。都合が悪いことは、命を狙われエイルのはネイとだけではなく、元妻のエイヴィスと11歳の娘のポーリーもだった。そのことを知ったネイはエイヴィスとポーリーに会わざるを得なかった。そして、ポーリーの目の前にいきなり父親が現れることになる。ポーリーにとっては父親と言っても、人生の半分は父親とは暮らしていない。なので、半ば誘拐されるように、父親付連れ去られてしまったのだ。

この小説はギャング組織から暗殺指令が出されたネイトとポーリーの闘争の物語だ。解説によると、著者は「子連れ狼」や「レオン」に影響を受けて本書を書いたということで、興味を持ったのだが、ストーリーは、短い章立をしていて、視点が細かく切り替わることで、テンポ勘とスピードを与えているのだが、父親のネイとの人物像にかなりの疑問を感じた。これも解説に書いてあるのだが、著者は当初ネイトを主人公に書いていたらしいのだが、うまくいかず、投げ出してしまったらしい。そこで、娘のポーリーの視点を加えると、筆が進んで、完成にこぎつけてというのだが、そのせいで、やはりネイトのこの物語における人物像に難があるのだと思う。ネイトは兄に誘われるまま2度強盗をして、2度ともつかまり、刑務所に入ることになった男で、どう贔屓目に考えても、「拳銃使い」という感じではない。兄のニックはボクサーだったようだが、ネイトにはそのような経歴がないので、このストーリーで展開されるような男にふさわしいのだろうかという疑問が、読んでいる間中頭にわいていた。もちろん「拳銃使い」というタイトルは日本でつけたものではあるが、本文中にも「拳銃使いの眼」というような表現があるので、著者自身もそのあたりは意識していたのだとは思う。それと、ネイトはどちらかというとチンピラ的な人物造形しかされておらず、そんな男が命がけで娘を守るのかという疑問もわいていた。この辺りがきちんと書かれていれば、かなり面白いと思うのだが。

解説には"ride shotgun"は「助手席に乗る」というスラングだと書いてあるが、単に助手席に乗るというよりは「武装して護衛する、護衛として同乗する、道連れとして車に乗る」という意味があるようだ。ポーリーが護衛するというのはイメージに合わないので、この場合は「道連れとして車に乗る」というのがふさわしい意味だろうか。