隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む

ジョナサン・B・ソロスの生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む(原題 Improbable Destinies: Fate, Chance and the Future of Evolution)を読んだ。

本書は多岐にわたる例示が含まれていて非常に興味深い本だ。大きなテーマとしては、「 進化は必然なのか、偶然なのか」であり、これを実験で確かめた具体的な例が多数収録されている。そう、20世紀から進化も実験によって確かめられるようになっているのだ。

進化は必然なのか、偶然なのか

この質問に答えるのは非常に難しいが、本書を読んだ印象では、その大多数が必然でもあると感じる。ただ、ではすべてが必然的に同じ結果なのかというと、そうではなく、Perlのモットーのように、「There's More Than One Way To Do It」が進化の結果生物に現れる実態であり、そのため、環境が激変したときに、一見同じように見える生物でも、生き残るものと死滅してしまうものとが分かれてしまうのだ。我々は、自然環境を完全にはコントロールできないので、どうしても偶然の要素は排除できない。

形が似ているからと言って、遺伝的に近接とは限らない

2013年スリランカ、オーストラリア、インドネシアの共同チームがイボウミヘビの個体群間の遺伝的差異を型通りの方法で調査した。分布地域のどこを見ても、個体群間の形態的差異はほとんど見られないのに、遺伝的には大きく異なっていたのだ。つまり、オーストラリアのイボウミヘビはアジアのイボウミヘビよりオーストラリアの他種のウミヘビに近く、同様に、アジアのイボウミヘビもアジアの他種のウミヘビに近かったのだ。

アリとシロアリは一見すると近接種のように思われるが、アリに一番近い種はカリバチやハナバチで、シロアリはゴキブリの仲間だ。

カカオ、コヒー、茶にはカフェインが含まれているが、様々な植物のDNAを解析し、進化系統樹を作ると、カカオ、コヒー、茶のそれぞれの近接種にはカフェインを生成する植物はなく、かなりさかのぼらないと、それぞれの共通の祖先にたどり着かない。

本書にはこのような例が多数収録されている。

進化は思っているより速く起きる

なんとなく進化には数百年とか数千年の長い時間がかかって起きるものという思い込みがあるが、実はそんなに時間がかからず、変化が起きているのだ。

オオシモフリエダシャク

19世紀のイギリスでは蝶や蛾の採取が大流行していたようで、あちらこちらで団体が結成され、会報が発行されていた。そのため何か変化があると、会報に記録されていたのだ。オオシモフリエダシャクは小さく、灰白色で、羽に散りばめられた小さな黒い斑点から、英語でpeppered mothと呼ばれている。暗色のオオシモフリエダシャクが初めて発見されたのは1848年のマンチェスターだった。その後、2頭目がヨークシャーで捕獲された。その後発見が相次ぎ、19世紀末にはロンドンに到達した。1940年代までには、イングランドの大部分で暗色型がみられるようになった。なぜ暗色型のオオシモフリエダシャクが増えたのかは、バーナード・ケトルウェルにより明らかにされた。木が煤で汚れていた工業地域の森では、暗色型の蛾の生存率が高く、手つかずの農村では通常の灰色の蛾のほうが生存率が高かった。背景色に合致しない蛾は容易に鳥に捕食され、自然淘汰が働いたことが分かったのだ。

抗生物質の耐性菌

抗生物質に対する薬剤耐性菌の出現も、進化が思ったより速く起こっている良い例示だ。テトラサイクリンは1950年に実用化され、その9年後には耐性菌が発見された。1953年発売のエリスロマイシンの耐性菌は1968年に出現した。1960年に導入されたメチシルンは2年後には耐性菌が発生した。

ガラパゴス・フィンチ

グラント夫妻は1973年以降、毎年ガラパゴス諸島のダフネ・マイヨール島で数か月過ごし、ガラパゴス・フィンチの個体群を対象に、世代を超えてどう変化するかを調べ、変化を促す自然淘汰の強さを測定するフィールワークを行った。研究開始から4年目、極度の干ばつが島を襲った。例年なら130ミリほどの雨が降るところ、1977年の雨量は30ミリ程度だった。ダフネ・マイヨール島は不毛の地と化し、植物は枯れ、水不足が例年以上に深刻化し、フィンチの主食である種子も希少になった。その結果1200羽のガラパゴス・フィンチは180羽まで激減した。生死はランダムではなく、体の大きな個体、くちばしの大きな個体の生存率が高かった。これは種子が小さいものから食べつくされた結果、それらが底をつくと、小さな嘴ではかむ力が弱く、大きな種子を食べられる個体が残ったのだ。

単細胞から多細胞へ

トラヴィサーノのチームは酵母を使って、この謎の解明に挑んだ。彼らは実験機器を自作し、酵母を遠心分離機で10秒間回転させた。こうすると大きな酵母が試験管の底にたまるのだ。彼らは試験管の底に最も早く沈んだ下層1パーセントを取り出し、新しい試験管に入れて24時間培養した。そして、遠心分離機に10秒かける。このプロセスを毎日2か月間にわたって繰り返した。彼らが試した10個体分すべてで酵母の細胞サイズが増大した。そして、酵母細胞はくっつきあい、雪の結晶のような多細胞の複合体を形成した。酵母は通常一つの細胞が2つに分裂し、分離することで繁殖するが、この個体群では、分裂するが、分離せずにつながったままなのだ。

この実験も、同じ淘汰環境に直面すると、複数の個体群で同じように進化する、進化の必然性を示す例示だ。