隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

絶滅できない動物たち 自然と科学の間で繰り広げられる大いなるジレンマ

M・R・オコナーの絶滅できない動物たち 自然と科学の間で繰り広げられる大いなるジレンマ(原題 Resurrection Science)を読んだ。

この本の日本語のタイトルと英語のタイトルの発想が真逆になっているのが興味深い。日本語のタイトルは「絶滅できない」といい、英語のタイトルは「復活させる」と表現している。我々人類は過去から現在まで様々さ動植物を絶滅に追いやってきた。過去には何の反省もなくそれが繰り返されていたが、ある時期から、絶滅させてはいけないと考えるようになった。そこには倫理的な問いかけもあっただろうし、生物の多様性の観点からの考察もあっただろう。そして、絶滅させないために保護するようになった。しかし、保護した生物は元の生物と同一なのだろうか?そんな疑問が読後の感想だ。

キハンシヒキガエル

キハンシヒキガエルはのカラーページの最初に載っている薄黄色のカエルだ。タンザニアのキハンシ渓谷の滝近くのわずか5エーカーほどの湿地に極度に適応している固有種だ。そこは75万リットルの水しぶきが毎日発生していて、流れ落ちる水と岩で跳ね返る水が風にあおられ、非常に独特の気候をなしている。だが、タンザニア電力供給公社が建設していたダムのせいで、その渓谷への水の流入が極端に少なくなり、キハンシヒキガエルに重大な問題が発生することが予想された。2000年にダムのタービンが3機が稼働した6週間後、滝裾が98%も縮小した。そして、カエルの推定個体数も2万匹から1万2千匹に減少した。この問題に対処するために人口のスプレーシステムが現地に設置されることになった。

別な保護手段として、飼育下繁殖プログラムが提案されたが、タンザニア政府は国外への持ち出しに許可を出さなかった。もし、キハンシヒキガエルがワクチンや薬の成分にでもなれば、タンザニアは貴重な天然資源の支配権を失ってしまうからだ。ようやく折れたのは世界銀行が開発プロジェクトに出資しなくなると脅したからだという。アメリカのブロンクス動物園の動物学者が現地で500匹のカエルを捕獲し、アメリカに戻った。道中で死んだのは1匹だけだったという。しかし、飼育には困難を極め、個体数は70匹までに激減した。

タンザニアのキハンシヒキガエルにも最悪の事態が発生した。2003年7月には個体数が150匹に落ち込み、8月には2匹、そして、絶滅した。詳しい原因はわからないが、カエルツボカビ症が有力な原因と考えられている。一方2015年頃の飼育下繁殖した個体数は6000匹前後に回復していた。2012年に飼育下繁殖したキハンシヒキガエルタンザニアに再導入することが行われた。

この飼育下繁殖のキハンシヒキガエルはいったん個体数が減り、個体群のボトルネックを経験している。その結果、集団の密度が減少し、その個体群の遺伝的多様性が低くなることが想像される。また飼育されているので、自然界のキハンシヒキガエルと必ずしも同じではない。 飼育下繁盛している動物は親と比べると適応度が劣っていることが往々にしてある。つまり自然界のキハンシヒキガエルと飼育下のキハンシヒキガエルが厳密に同じだという保証は何もないのだ。にもかかわらず、それをまた自然界に放出するということを行い、その放出した個体を維持するためにかなりの労力を使っており、本当に何をしているのだろうという気がしてくる。

冷凍保存

アメリカニューヨーク州のアメリカ自然博物館の地下には「アンブロース・モネル冷凍コレクション」という施設がある。そこには世界各地から収集した8万7千件の動植物の組織サンプルが冷凍保存されている。冷凍保存することで、その生物のDNAの研究が可能になるわけだが、これは生物そのものではない。生物のほんの一部を保存しているだけだ。生物の生態はわからないし、生物の多様性の観点から言うと、何も貢献していないだろう。それでもいつの日かDNAが何かの役に立つかもしれない。

iPSで生命の復活

キタシロサイは2008年には野生で生息しておらず、野生絶滅の状態にある。冷凍動物園には12頭の個体から採取したキタシロサイの組織サンプルがある。ジーン・ローリングらは2011年にキタシロサイのiPS細胞を作成した。今後の計画では、iPS細胞から精子卵子をを作成し、受精卵を近種のミナミシロサイの子宮に戻し、代理出産させる。この研究を進めるインセンティブが存在しないので、研究は先に進んでいないのだが、オリヴァー・ライダーは「あと10年でキタシロサイは冷凍庫から誕生する」と言っているという。

果たして、iPS細胞から誕生したキタシロサイは元のキタシロサイという種と同じなのだろうか?幸いにも、キタシロサイの冷凍保存された組織は複数存在するようだが、種としての多様性を維持できるほど多数ではないようだ。仮に、iPSによりキタシロサイが復活したとしても、種として維持できるかどうかは疑問が残る。にもかかわらず、このような方法で絶滅種を復活させることにどれほどの意味があるのだろう?