隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

線は、僕を描く

砥上裕將氏の線は、僕を描くを読んだ。

本作は北上ラジオの第5回目で紹介されていた。

本の雑誌 Presents 北上ラジオ 第5回 - YouTube

この小説は第59回のメフィスト賞の受賞作なのだが、メフィスト賞というとなんとなくミステリーの賞だという風に思い込んでいた。しかし、募集要項には「エンタテインメント作品(ミステリー、ファンタジー、SF、伝奇など)」と書かれていて、ミステリーだけではなかった。ミステリー作品だと思っていたのは全くの思い違いで、たぶん過去の作品にミステリーが多いような気がしていたので、そう思ったのだろう。この小説はミステリーではなく、水墨画に関する青春ストーリーだ。

青山霜介は友達から紹介された展示の飾りつけをするというアルバイトに行ったのだが、実は展示会場の設営という肉体労働のバイトで、体力に全く自信のない彼とその他の学生はは全く力不足で、一人二人といなくなっていた。青山はアルバイトを斡旋した古前に助けを求め、体育会系の学生を投入してもらい、なんとかその場を切り抜けた。その会場は実は水墨画の湖山展の展示会場で、全くの偶然から展の冠名の篠田湖山と出会った。一緒に水墨画を見ながら、水墨画については全く知らない青山が画について述べた感想を篠田湖山が気に入り、内弟子にすると言い出す。その場にいた篠田湖山の孫娘の千瑛はそのことが気に入らず、青山に水墨画の勝負を挑むのだった。

作者は実際に水墨画を描く人のようで、水墨画の作画の記述には説得力があると思った。水墨画というのは見たことはあったが、どのように描くのかは全く知らず、この本を読むと、ある程度スピードをもって、リズミカルに描いていくのだなと感じた。青山と千瑛は水墨画で勝負することになったが、二人の実力派天と地の差があるので、最初から勝負にならないのは明らかだろう。さすがに、青山が勝つことにはならない。それに、これは物語のお約束みたいだが、二人の仲は少しづつ改善していって、出会った当初のような最悪の状態ではなくなっていく。

私は水墨画に関しては全く知らないのだが、本当に篠田湖山のような教え方をするのかというのがちょっと気になった。(これは湖山の言葉ではないが)「勇気がなければ線は引けない」というような心理的な面はあるのだろうが、「水墨は森羅万象を描く絵画だ」から始まる、「心の内側に宇宙はないのか?」の行はあまりにも哲学的すぎる。これを初心者に考えさせるとは。