隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

我らが少女A

髙村薫氏の我らが少女Aを読んだ。合田雄一郎シリーズ物の一冊だが、この小説では中心人物ではない。彼はかって起きた事件の現場指揮者として、現在は警察大学の教授として登場する。

物語は2017年上田朱美という女性を同棲相手の男が殺害したことから動き出す。殺害後自首した男は朱美が生前絵の具を保管しており、どうやらその絵の具は殺された人が持っていたものだったということを取調官に語ったことから、12年前に起きた迷宮入りしていた事件が揺り起こされる。特命捜査対策室の刑事が改めて事件を再調査し始めるのだが、事件が起きてから12年も経ち、また、今まで明らかにされていなかった絵の具を持っていた当の本人がすでに死んでいることで、捜査は杳として進まない。この小説は薄皮を剥ぐように当時の人物、出来事を少しづつ剥いでいく。そして、そこで新たに明らかになったことが、さざ波のようにある関係者から別の関係者に伝わり、それがまた新たな記憶が呼び覚まされる。そして、そこでまた薄皮がむけることで、少しづつ、少しづつ前に進んでいく。

何とも表現のしようのない味わいの小説だ。12年前に殺されたのは元中学の美術教師で、定年後は自宅で絵画教室を開いていた。当時上田朱美はその絵画教室に通う生徒であり、女優を目指していると公言している、背の高い、高校一年の少女だった。結局この小説では12年前の事件の結論は何も明かされない。どうやら著者の興味はそこにはないようだ。

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ミステリー的な小説になることを避けるために、最も重要な参考人を早々に退場させているのだ。退場させられた上田朱美以外の視点で、記憶を頼りに上田朱美という人物と、被害者の元美術教師栂野節子、その家族を様々な人物の視点で描き出すことで、2005年という時代、理由もなく背負わされてしまった宿命のような物を描き出している。この小説の中では誰もが色々なものを背負って生きている。印象的なのはADHDの少年浅井忍の視点で描かれる彼の心象風景とも思えるような世界だ。本当にそのように世界を見ているのかどうかわからないが、彼の世界も独特で、印象的に描かれていると感じた。