隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

展望塔のラプンツェル

宇佐美まこと氏の展望塔のラプンツェルを読んだ。

北上ラジオの第8回目で紹介されていた。

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松本悠一は児童相談所に勤めており、多摩川市の子供支援センターの前園志穂と石井壮太の状況を確認すために、石井家を訪問したのだが、家には誰もいないようだった。親の怒鳴り声とか、子供の泣き声がひどいという通報がなされての訪問だったが、誰にも会うことができなかった。保育園にも石井壮太はたびたび来なくなることがあり、どこかに行っているようなのだが、親はそのことを児童相談所に隠そうとする。松本悠一・前園志穂の石井壮太をめぐる物語が一つの物語の軸。

もう一つ物語の軸は、海、那希沙の物語。廃屋の外階段で寒さに震えながら双眼鏡で空を見ていた時に見つけた5~6歳の男の子。言葉を発することもなく、自分の名前も名乗らないので、ハレと名付けた。海の母親はフィリピン人で、フィリピン人と日本人のハーフの海は日本になじめなく、疎外感を感じている。中学を卒業して、アルバイトをしながら生活している。那希沙は小学生の頃から兄に性的虐待を受けており、虐待の加害者は兄以外にも広がっていた。ハレもたまに怪我をしていることがあり、親に虐待されているようだが、言葉を発しないので、詳細は分からない。

そして、最後の物語の軸は、落合圭吾と郁美の物語。郁美は子供が欲しいのだが、恵まれず、不妊治療を行っていた。彼らの住むマンションの前に住む家庭では父親が男の子を怒鳴ったり、長時間家に置き去りにして、育児放棄している状況を郁美はたびたび目にし、子供を妊娠できない自分の状況と、子供がいるのに虐待する親のことを目の当たりにして、心を痛めている。

ここに出てくる多摩川市は川崎市をモデルにしているんだろうなぁというのは読んでいて想像がつくのだが、書かれている内容は児童虐待やらの話で、全然救いがない。どこまでこんな救いのない話が続くのだろうと思いながら読み進めていった。つらい状況が続いている時、それがいつまで続くか続くかわからないことが、更に状況を絶望的なものにする。物語の中では那希沙がいつも見える展望塔には金髪のラプンツェルがいて、いつか金色の髪を下ろして自分を救ってくれるのを信じていたというようなことを話す。だから、つらい状況でも我慢できたのだと。それが、このタイトルがついている理由なのだ。最もこの展望塔も御伽噺に出てくるようなファンタジックなものではなく、地元でラーメンチェーンで成功した実業家が作った展望塔で、何か特別というものではない。

ネタバレになるので、詳細は書けないが、332ページある本作で、302ページになるまで、何の救いもなく3つの物語が進んでいく。そして、その最後の30ページぐらいでこの3つの物語のタネ明かしになるのだが、そこにも明確な救いはない。ただ力強く生き抜いてきた人々の軌跡が語られ、3つの物語が融合することにより希望を見出せ、感動が呼び起こされる。だから、挫けずに最後まで読もう。