坂口安吾の不連続殺人事件を読んだ。実際には創元推理文庫の日本探偵小説全集の坂口安吾集に収録されている作品を読んだ。この本をいつ購入したのかは正確に覚えていないが、多分30年ぐらい前ではないだろうか。買った当時も不連続殺人事件を読もうとしたのだが、途中で挫折した記憶がある。30年も経過した今となっては、当然というか、どこまで読んだかも覚えていなし、挫折の理由も思い出せない。
この作品は昭和22(1947)年に日本小説に連載されたもので、作者自ら懸賞金を出し、読者から犯人当の回答を募るということを行った。しかも、作者の安吾はかなり読者を煽る文面を各回の最後に載せていて、かなり自信をもってこの推理小説を発表したようだ。安吾がどれぐらい誰も正解にたどり着けないだろうと思っていたのかはわからないが、最終的には安吾が意図していた回答にたどり着いたのは4名だけだった。当たった人たちの名前も住所も細かく載っている。今ならば絶対住所は載せられないだろう。
小説の内容だが、改めて読んでみて、なぜ最初に挫折したのかなんとなくわかった。この作品は登場人物が多く、最初の方でその登場人物の関係を説明するくだりがあるのだが、そこが冗長に感じられたのだ。それと、主要な登場人物が、色情というか好色というか、男女の愛憎にまみれているような人間関係になっており、推理小説というよりメロドラマのような設定に感じ、それで挫折したのではないかと思う。
登場人物
- 歌川一馬
- 酒造業も営んでいる資産家。文筆業も営む。
- 歌川あやか
- 数馬の嫁。かって画家の土居光一と同棲していた。
- 歌川珠緒
- 一馬の腹違いの妹。誰の子供だかわからない子供を身ごもり、堕胎した。
- 歌川多門
- 数馬の父親。引退した元政治家。女癖が悪く、手当たり次第に女中などにも手を出し、複数の妾もいた。
- 歌川梶子
- 多門の妻であり、数馬の実母。1年前に他界。
- 望月王仁
- 腹黒傲慢流行作家。巨体で暴力的で、女癖も悪い。珠緒に惚れており、珠緒の誘いに応じて歌川家に投宿している。
- 丹後弓彦
- イギリス紳士みたいにふるまっているが傲慢。作家。珠緒に惚れており、珠緒の誘いに応じて歌川家に投宿している。
- 内海明
- セムシの詩人。珠緒に惚れており、珠緒の誘いに乗って歌川家に投宿している。
- 宇津木秋子
- 女流作家。元歌川一馬の妻。今は三宅木兵衛と暮らしているが、王仁に気が残っている。
- 三宅木兵衛
- フランス文学者。
- 胡蝶
- 女優。人見小六の妻。歌川一馬に気がある。
- 人見小六
- 劇作家。
- 土居光一
- 画家。かって、歌川あやかと同棲していた。
- 南雲由良
- 歌川多門の妹。
- 南雲一松
- 南雲由良の夫。
- 南雲千草
- 市松・由良の娘。不美人で豚のように太っており、斜視の気がある。
- 加代子
- 祖父母が歌川家の下男・女中だったが、実は多門の落としだね。
- 矢代寸兵
- 本作の語り手。文士。
- 矢代京子
- 矢代の妻。かっての歌川多門の妾。
- 神山東洋
- 悪徳弁護士。
- 神山木曽乃
- 神山東洋の妻。
- 海老塚晃二
- 医師。実は歌川多門の孫。
- 諸井琴路
- 看護婦。歌川家に住みこんでいる。
- 巨勢博士
- 探偵。
これ以外に料理人やら女中やらも登場するが割愛した。
事件の発端
昭和22年六月、物語は歌川梶子の一周忌が近づいてきたころに、歌川一馬のもとに以下の怪文書が届いてことから始まる。
お梶様は誰に殺されたか。
全ては一周忌に終わるであろう。
憎しみも呪いも悲しみも怒りも。
不安があるので、一馬は矢代寸兵に一緒にいてほしいと頼んできたのだ。矢代は妻の件(妻が歌川多門の妾であった)があるので、一旦は断ったが、後日一馬から「恐るべき犯罪が起ころうとしているので助けてほしい」旨の手紙が届き、歌川邸に赴くことになった。その手紙では巨勢博士にも来てほしい旨も書かれており、巨勢博士は翌日に歌川邸にたどり着いた。そして、巨勢博士は歌川邸に付いた時にはもうすでに最初の凶行が行われており、王仁が殺されていたのだった。そして、その後最終的には8人の人間が殺されることになる。
タイトルの不連続殺人事件というのはどういうことなのか
本書のタイトルは不連続殺人事件だが、本編の17章がまた不連続殺人事件というタイトルになっている。不連続殺人事件というと、連続殺人事件ではなく、その逆、つまり一つ一つの殺人には関連性がないのではという印象を受けるが、そうではない。この章で、安吾は巨勢博士にそのことを否定させている。
「じゃア、全ての事件が同一犯人の仕業なのかい」
巨勢博士はニヤニヤしながら頷いた。
そして、その直前には
「そうですね。この事件の性格は不連続殺人事件というべきかも知れません。私がこれを後世に記録して残すときには、不連続殺人事件と名づけるかもしれません。なぜなら、犯人自身がそれを狙っているからですよ。つまり、どの事件が犯人の意図であるか、それをゴマカスことに主点がおかれているからでさ。なぜなら、犯人は真実の動機を見出されることが恐ろしいのですよ。動機が分かることによって、犯人がわかるのです」
と巨勢博士に言わせているのだ。つまり、犯人に殺す動機がある殺人と殺す動機がない殺人が混ざっているから不連続殺人なのだ。殺す動機がある人だけを殺すと、その動機が明確になるので、あえて殺す動機がない殺人も混ぜているということだ。
実際この小説では、殺人の証拠というものは殆ど示されず、証拠から推理することは不可能になっている。犯人がどのような心理をもってどのような行動をしたのか、その行動に不自然なところはないのかという観点からこの推理小説を読む解くことを安吾は読者に求めているのだ。確かにこの小説はよくできている。30年前に挫折せずに読んでおけばよかったと思った。
不連続殺人事件は青空文庫でも公開されている。
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