隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

オルシニア国物語

アーシュラ・K・ル・グィンのオルシニア国物語(原題 ORSINIAN TALES)を読んだ。本書はル・グインによって書かれていて、早川文庫のSFのカテゴリーになっているし、タイトルもそれっぽいので、てっきりファンタジーだと思っていた。しかし、これはファンタジーではないのだ。どこかヨーロッパの中央部(かっての東欧辺りか?)にあるオルシニアという架空の国を舞台に書いている作品で、SF色もなく、ファンタジー色もない。本書には11の短編が収録されていて、そのうちの多くはある種の恋愛小説だろう。少なくとも男と女の関係を語っている。

巻末の訳者のあとがきによると、これらの作品の多くは、ル・グインがSFに手を染める前に書かれていたようで、出版社に送っても残念ながら採用されなかったそうだ。訳者が引用しているル・グインの言葉が興味深い。

アメリカで本を出版しようと思えば、あるカテゴリーに該当するか、それとも”名声をえている”か、いずれかでなければならない。わたしが、”名声”を得るためにたどれる唯一の道は、書くことしかなかったので、結局わたしはあるカテゴリーに合わせる以外にはなくなった。したがってSFを書こうとするわたしの最初の努力は、とにかく出版してもらおうとするきわめてはっきりとした願望に裏付けられていたのである。

つまり、ル・グインはこれらの作品を世に出したいという強い希望があったということだ。これらの作品は「距離を置く(distancing)」ということを主眼にしていると書かれている。そのため、ル・グインは登場人物の内面は殆ど描写しない。だから、物語の最後のところで彼らはなぜそのような行動をとったのだろうということが頭にこびりついてくるのだ。その直前までそのようなことになるとは予想がつかない結果が待ち受けているような作品が多い。SFでもファンタジーでもない何とも言えない不思議な作品群だ。