隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

キリオン・スレイの敗北と逆襲

都筑道夫氏のキリオン・スレイの敗北と逆襲を読んだ。キリオン・スレイシリーズの最終巻で、初めての長編作品。

キリオン・スレイもいつの間にか日本を離れて、ニューヨークに帰っており、しかも音信不通になっているので、その消息を知る者は誰もいなかった。青山富雄は旅行会社の友人に頼まれ、マンハッタンの風俗文化を味わうツアーの解説者としてニューヨークを訪れ、偶然にキリオン・スレイに再会した。その晩、ツアーの参加者の中から希望者を募って、バーボンを片手にキリオン・スレイが留守番をしているスチュディオを訪ねたのだが、その参加者の一人の岡倉亜絵香あえかから、空港まで送ってくれた友人の津金真理から不思議な手紙を受け取ったという話を聞かされた。その内容は、

亜絵香が日本にいないあいだに、悪いことが起こるかも知れないのです。あなたにとって大事なひとが、急にいなくなってしまう、というような、とっても悪いことです。……おそろしいのは、鵺のなく夜だけではありません。虎が鳴いても、大変なのです。中の天神は鼻っかけだし、魂はさいかちの木にぶら下がるのですから。……

というものだった。

青山富雄はツアーから日本に戻って4日後、岡倉亜絵香から電話を受けた。彼女はあの手紙をくれた津金真理が殺されてということを告げたのだ。岡倉亜絵香は不安に思いキリオンを私設の探偵として雇うことにし、キリオンは日本に戻ってくることになった。だが、岡倉亜絵香の周りでは次々と亡くなる人が出てくるのだった。

何十年ぶりに(たぶん30年以上)にこの作品を読んだが、この中で坂口安吾の不連続殺人事件に触れいたこと(P59)をすっかり忘れていた。今にして思えば、坂口安吾の不連続殺人事件に興味を持ったのもこの小説を読んだからなのかもしれない。そして、この小説は不連続殺人事件を意識していることに間違いない。このミステリーでも当然殺人も起きるのだが、物的証拠が極端に少ないのだ。更に、謎めいた手紙を残した津金真理が早々に殺され、退場したことで、手紙がどういう意図で書かれたかわからないままに、キリオンが「これは見立て殺人だ」と強引に推理して、ああでもないこうでもないと考えているうちに、次々と人が殺されていくのだ。しかも、作者は序章で、中野区のマンションに住む男を登場させることで、完全にミスディレクションさせるという念の入用だ。はっきり言って、中野区のマンションの男はストーリには全然関係ない。

この小説はタイトルが示す通り、キリオンスレイの完敗だ。謎が解かれぬ前に、犯人がわかる前に主要な登場人物が次々と亡くなっていくのだから。だから、キリオンは犯人が分かったときに、

「敗けました。ぼく、感服して、泣けるまで、敗けました」

と泣き言をいうのだった。しかし、長編小説の探偵というのはたいていこういうものだ。物語の最初で犯人を当ててしまったら、探偵は物語の残りはどうすればいいというのだろう?ただ、そのことを差っ引いても、不連続殺人事件と比べるとこのミステリーはあまり出来が良くない。主要な登場人物が死んでしまって、退場しているので、推理のかなりの部分が想像で、それが正しいかどうかわからない。しかも、不連続殺人事件と違って「心理」と「行動」が詳しく書かれていないので、読んでいて気になる部分を感じても、解決部を読まなければ、気になった部分の裏で、実際には何が起きてそうなったのかはわからないだろう。