隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

鬼棲むところ 知らぬ火文庫

朱川湊人氏の鬼棲むところ 知らぬ火文庫を読んだ。今回の知らぬ火文庫は主に今昔物語を原典として、それに収録されている鬼に関する物語を基に組み立てられている。収録されているのは「鬼一口(伊勢物語 芥川/今昔物語 在原業平中将の女、鬼に噉らわるること)」、「鬼の乳房(今昔物語集 猟師の母、鬼となりて子を噉らはむとする語)」、「鬼、日輪を喰らう(今昔物語 染殿后、天宮のために嬈乱せらるること」、「安義橋秘聞(今昔物語 近江国の安義橋の鬼、人を噉らうこと)」、「松原の鬼(今昔物語 内裏の松原にして、鬼、人の形となりて女を噉ふことなり)」、「鬼棲むところ(今昔物語 産女、南山科に行き、鬼に値ひて逃ぐること)」、「血舐めの茨木(摂陽群談 古地旧屋ノ部)」、「蓬莱の黄昏(御伽草子 酒呑童子)」の8編。

今昔物語では実際に鬼がいたという前提で物語が組み立てられているが、本書に収録されている物語では、人間の行いがあたかも鬼の所業のように見えるものだという風に組み立てられている。なので、収録されている8編の短編のうち、実際の鬼が出てくるのは1話だけで、それは「鬼、日輪を喰らう」だ。これは藤原良房の娘の明子を扱ったもので、徳のある僧が明子に懸想し、鬼になってしまったという例の話である。この今昔物語の話を知ったのは西村寿行氏の「鬼」という小説で、中学生か、高校生の頃だったと思う。当時は、ここまでずばり登場人物が明らかになっている話が今昔物語とか宇治拾遺物語に載っているのが何よりも驚いた覚えがある。また、調べてみると、今昔物語とか宇治拾遺物語には鬼にまつわる話が結構収録されているのにも驚いた。そういう意味では、鬼を一つのテーマとして考えた場合、今昔物語は最適なのではないかと思う。当時の人は実際に鬼がいるという風に思っていただろうが、人間の所業の方が鬼のように恐ろしいという物語の構造は現代人にはわかりやすいだろう。