隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

この本を盗む者は

深緑野分氏の「この本を盗む者は」を読んだ。この本を読む前は知らなかったのだが、ブック・カース(book curse)という言葉があるようだ。ヨーロッパ中世の頃、本の盗難を防ぐために本にかけられた呪いの事のようだが、その起源は紀元前にさかのぼるという。この物語のはこのブック・カースがかかわっている。

読長町に御蔵嘉市という書物の蒐集家・評論家がいた。蒐集された本は御蔵館という書庫に収納され、一種の私設図書館として一般にも開放されていた。やがて御蔵館は娘のたまきに引き継がれたのだが、ある日御蔵館に所蔵されていた稀覯本200冊が書架から忽然と消えた。盗難にあったのだ。激怒したたまきは御蔵館を閉鎖し、警備会社に依頼して警報装置を設置した。だが、たまきはそれだけでは安心できず、更に盗難を防ぐ手立てを講じていたのだ。御蔵館閉鎖以降一族以外の者は御蔵館に立ち入ることができなくなった。そして、時は流れ、たまきは鬼籍に入り、御蔵館はたまきの子供の御蔵あゆむとひるねの兄妹に管理が引き継がれていた。物語は、兄のあゆむが怪我をして入院したことで動き出す。あゆむは娘の深冬にひるねの様子を見てほしいと頼んだ。ひるねは生活力がなく、御蔵館に閉じこもって本ばかり読んでいるのだ。深冬が晩御飯を持って御蔵館を訪ねると、ひるねは居眠りの最中で声をかけても起きない。ひるねの手に握られている紙を見てみると、それはお札のようで、そこには「この本を盗む者は、魔術的幻術主義の旗に追われる」と書かれていた。その言葉こそブック・カースを発動する呪文だったのだ。深冬は不思議な物語の世界に迷い込んでしまうのだ。

実際のブック・カースは盗難防止のための呪いなのだが、この物語のブック・カースは事後的に発動する盗難本回収システムのようなものだ。ブック・カースが発動すると読長町の住人は物語の中の人物になり、物語を演じることになるのだが、その世界で深冬は窃盗犯の捕縛と盗難本の回収をしなければならない。早くそのミッションを完了しないと、住人も深冬もなぜか狐になってしまうのだった。本書には5話収録されていて、最初に2話は物語の構造を説明するための物語だが、3話目から5話目はなぜこのようなことになってしまったのかというある種の謎ときになっている。読む前からわかっていたとはいえ、ミステリーではなかったのは残念だが、ファンタジーとしては楽しめる作品になっている。実際作者もジャンルにとらわれず、自由に描いたよう。紙幅の都合で、物語内物語はほんの一部しか書かれていないので、それがどういう結末になるのかちょっと気になった。