隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

自転しながら公転する

山本文緒氏の自転しながら公転するを読んだ。本書は北上ラジオの第22回目で紹介されていた。

山本文緒『自転しながら公転する』(新潮社)を巧みなプロローグに引きずられドキドキしながら読んだのだ【おすすめ本/北上ラジオ#22】 - YouTube

読みながら、この本は面白いと思っていたのだが、読み終わっても、どのように言語化すればよいのかうまく思いつかない。この本は恋愛小説だ。主人公は与野都という32歳の女性。母親が重度の更年期障害で体調を崩し、父親から実家に帰ってきて、看病を手伝ってほしいと言われ、都内のアパレルショップの店長を辞め、茨城の牛久に戻り、ショッピングモールにある女性向けアパレルのアウトレットで契約社員として働き始めた。そこで働きだしてから知り会ったのが羽島寛一だ。都は寛一に「おみや」と呼ばれ、作者も物語の前半で金色夜叉を出したりして、それをなぞったストーリーになるのかと思わせる物語の出だしになっている。しかも、プロローグは日本人女性とベトナム人男性がベトナムで結婚する場面が描かれていて、それだとあまりにも金色夜叉ではないかと思わせる展開につながっていく。もちろんそんな単純なストーリーじゃないし、プロローグとエピローグは単行本のための書下ろしのようなので、この構成は後から思いついたものなのだろうが、読んでいて、一体どうゆうことになるのだろうと常に思いながら読み進めずにはいられなかった。見事な物語の作りだ。これが一番に面白いと感じた点だ。

また都が寛一を好きになっていってという単純なストーリー展開ではなく、相手への気持ちが強くなったり、弱くなったりのするあたりも面白く、北上ラジオの中で杉江氏が発言していた「女の人の分からなさが分かったような気がする」に通じるのだろうと思う。それと、ところどころに母親の視点からの物語が差し込まれているのだが、当然ではあるのだが、母親の視点から見ると違って見えるところがまた更に物語に起伏を与えていて面白いのだ。最初は母親の病気のために料理したり、暇な部署に移ったりといった父親の姿が都視点で描かれるのだが、母親からはかなり昭和テイストな男だということが明らかになったりするのも面白いところだった。また、高校時代の女友達が二人出てきて、その二人の意見が真っ向から違うのも面白い。

そして、最後にこのタイトルが面白い。都が「家事をやりつつ、家族の体調を見つつ、仕事を全開で頑張るなんて、そんな器用なこと私にはできそうにない。……ジャグリングっていうの、あのボウリングのピンみたいなの、四本も五本も一斉に回しているみたいな生活を毎日しているんでしょ。……」というと、寛一が「そうか、自転しながら公転しているんだな」が言う。そして、更に「太陽だってじっとしているわけじゃなくて天の川銀河に所属する二千億個の恒星のひとつで、渦巻き状に回っている。だから俺たちはぴったり同じ軌道には一瞬も戻れない」という。この二人の関係は、近づいたり離れたりしていて、グルグルしているよう見えるけれど、同じ軌道には戻っていないということが実はここで明らかにされているのだと、読み終わってわかった。