隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

日没

桐野夏生氏の日没を読んだ。ある日、総務省文化局文芸倫理向上委員会というところから小説家のマッツ夢井の許に封筒が届いた。心当たりがない役所からもので、見た感じ嫌な予感がして、中を開けると、召喚状が出てきた。主旨は、読者からの提訴について審議するために出席を要請したが、返答がないまま期日が過ぎたので、出頭しろという事だ。出頭場所がJR線C駅の改札口となっていて、奇妙だし、講習があり、宿泊も必要らしい。連載している月刊誌の担当女性編集者に電話で何か知らないか問い合わせてみたが、全く要領を得られなかった。飼い猫が戻ってこなくて心配だったが、出頭しないわけにもいかないので、C駅に向かった。そこには西森という文芸倫理向上委員会の男が待っており、車で茨木方向に連れていかれた。行先は療養所だという。これがすべての始まりだった。

着いたところは入り江の突端で、外の世界とは隔絶されており、周りは断崖絶壁になっており、降りることもできない。また、携帯電話の電波の届かず、wifiも職員以外は使えないありさまで、まさにどこかの隔絶した施設にに収監されたような状況だった。療養所の所長の多田の話によると、ヘイトスピーチ規制法が成立した時にあらゆる表現の中に現れる性差別、人種差別なども規制していこうという事になった。手始めに小説を書いている作家にルールを守ってもらおうという事になり、広く読者から意見を求めているというのだ。そして、マッツ夢井はレイプや暴力、犯罪をあたかも肯定するような小説を書いているという告発があったと。多田が言うには、自分の作品の問題を認識し、直さない限り家に帰れないというのだ。

こんな感じで始まる本作品はある種のディストピア小説だろう。裁判によって事実が公になるわけでもなく、半ばだまし討ちのような感じで、外部と隔てられた所に収監し、反省を迫り、従わなかったり、反抗すると暴行したり、減点を付して収容期間が延びると脅してくる。劣悪で粗末な食事しか与えず、その食事も何かがあると与えない。相手の意に沿うような行動をすると、ご褒美のように飲み物や食べ物を与える。こんな感じでマッツ夢井に起きた悪夢のようなことが綴られていく。彼女は従順ではないので、どんどん状況が悪くなっていく。ディストピア小説なのだから、この状況から抜け出て、ハッピーに終わることがないのは分かっているのだが、一体どういうような最後になるのだろうと思いながら読み進めた。あれ、というような展開になり、だが最後はやはりというような終わり方をしていた。

最近日本でもいつの間にかルールが変わっていて、前は否定されていたようなことがまかり通るようになっている。気づいたら、いつの間にか法に触れると非難されて、どこかに収容されるようなことは実際にはないのだろうが、心の底に恐怖はある。だから、そんな世の中にならないでくれと祈るだけだ。