隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

レストラン「ドイツ亭」

アネッテ・ヘスのレストラン「ドイツ亭」(原題 DEUTSCHES HAUS)を読んだ。本書はフランクフルト・アウシュビッツ裁判をテーマにしたフィクションで、1963年ドイツのフランクフルトで開かれたムルカ等の裁判に偶然ポーランド語の通訳として参加することになったエーファという女性とその家族が実は深いところでアウシュビッツとつながっており、エーファもエーファの家族も過去とは無関係ではないという事実が突き付けられる物語だ。この筋立ては、アウシュビッツに無関係なドイツ人はいないという作者の思いだろうか。

ドイツではホロコーストという過去の歴史と向かい合っているという印象を持っていたが、実は第二次世界大戦から10年も経った1950年中ごろには、やはりというか、忘却のプロセスが進んでいたようで、その存在自体を知らない世代も増えてきていたようだ。しかし、その流れを止めたのが、1961年のエルサレムでのアドルフ・アイフマンの裁判であり、このフランクフルトでの裁判だという。エーファも裁判に通訳として参加して、初めて過去に関して知ることとなり、かなり精神的にダメージを受ける。更に、自分達家族もアウシュビッツとは全く無関係ではなかったのだから、その衝撃は大きなものになる。そばにいて、そのことを知っていたのだが、それを止められなかった人たちの罪はどれぐらいなのだろうという事を考えさせられる。

興味深いのは、ドイツでは忘却されていたアウシュビッツが、ポーランドでは収容所の保存作業が進んでいたという事だ(それはドイツへの被害者意識という側面もあるだろう)。保存作業のことは、検察・弁護団・報道関係者が実際にアウシュビッツを訪れる場面で明らかにされる。この物語の中では主要な登場人物は少しづつ隠し事をしているのだが、この場面で明らかにされるダーヴィット・ミラーの二重の隠し事には意表を突かれた。本来隠しておくべき秘密を周りの人間にしゃべったことは実はある種のコンプレックスだったのだろう。

よくわからなかったのが、エーファの姉のアネグレットだ。看護師をしているのだが、やっていることから、代理ミュンヒハウゼン症候群が疑われるのだが、作者はなぜそのように設定したのかわからなかった。過去と何らかのつながりがあるのだろうと想像するのだが、作者はそのことに関して何も触れていない。