隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

約束の果て 黒と紫の国

高丘哲次氏の約束の果て 黒と紫の国を読んだ。この小説は南朱列国演義と歴世神王拾記と青銅器の物語。あるいは、梁親子から田辺親子に託された偽史と小説をめぐる物語だ。事の発端は伍州の南端で発掘された矢をかたどった装身具のような青銅器であった。それを調べていた考古学研究所の梁斉河は、青銅器の軸の部分に「壙国の螞九、臷南国の瑤花へ矢を奉じ、之を執らしむ。枉矢、辞するに足らざるなり、敢えて固く以て請う」と書かれているのに気づいた。しかし、伍州には壙という名の国も臷南という国も歴史的には存在していない。付属図書館で調べると「南朱列国演義」と「歴世神王拾記」という二書の中に壙と臷南の名前を見つけたが、「南朱列国演義」は小説であり、「歴世神王拾記」は偽史であるとされている。

物語は三つの軸で進んでいく。一つは梁斉河が調べていた「南朱列国演義」、「歴世神王拾記」と青銅器が息子の梁思原から日本の田辺幸宏へ、そして更にその息子の尚文に受け継がれていく物語。もう一つは南朱列国演義で語られる臷南国と壙国の物語。そして三つめは歴世神王拾記に記されている螞九と瑤花の物語だ。この三つが絡まり合って壮大な時間の流れの中に立ち上がるのが黒と紫の国の物語なのだ。

この作品は日本ファンタジーノベル大賞2019の受賞作で、本作はファンタジーと呼ぶのににふさわしい作品だと思う。伍州という架空の国になっているけれど、想定されているのは中華世界だろう。その伍州にあったとされる壙の国の成り立ちを歴世神王拾記から引用したという形式にしながら本編のストーリーに挟み込み、一方で南朱列国演義から瑤花とはどのような存在なのかという物語を語りつつ、どうして矢をかたどった青銅器が存在したのかの物語につながっていく。そして、それらの物語では成就しなかった結末を本編の方で決着をつける構成になっていて、後半の物語にはこの本のタイトルがつけられているところも面白い趣向になっている。伝説・小説・偽史の境界があいまいになる構造になっているのだ。