隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

中世ヨーロッパ ファクトとフィクション

ウィンストン・ブラックの中世ヨーロッパ ファクトとフィクション(原題 The Middle Ages: Facts and Fictions)を読んだ。この本が指摘するように、確かに「中世暗黒時代」というイメージは自分も持っていた。教会の権力が強大で何もかも支配して、一般民衆は虐げられていたというようなイメージもである。本書はそのような巷間流布しているイメージは間違いであることを一次資料を参照して解き明かしていく。

そもそも中世という言葉はよく聞くが、では具体的にどの時代が中世なのかと問われると、答えられるだろうか?中世とは西ローマ帝国崩壊からルネッサンスより前の時代を指していて、具体的には西暦476年から1492年のコロンブスの大西洋航海までの約1000年の期間を指す。さすがに、1000年もの期間があれば、その間には様々なことがあり一様ではないことは想像がつくだろう。この期間の一部を取り上げて、それが全部の期間に当てはまると考えること自体無理があるのは想像がつく。しかも、中世とは後の時代の人たちがこの期間をそのように呼んでいるだけで、この期間の人たちがそのように呼んだわけではない。

本書で扱っているのは以下の11のテーマである。

  1. 中世は暗黒時代であった
  2. 中世の人は地球が平らであると思っていた
  3. 農民は風呂に入ったことはなく、腐った肉を食べていた
  4. 人々は紀元千年を恐れいてた
  5. 中世の戦争は馬に乗って騎士が戦っていた
  6. 中世の教会は科学を抑圧していた
  7. 1212年、何千人ものこどもたちが十字軍遠征出立し、そして死んだ
  8. ヨハンナという名の女教皇がいた
  9. 中世の医学は迷信に過ぎなかった
  10. 中世の人々は魔女を信じ、火あぶりにした
  11. ペスト医師のマスクと「バラのまわりを輪になって」は黒死病から生まれた

この中で2番目は、古代・中世の学識者で地球が平らであると信じていたものは殆どいないと書かれている。

3番目と7番目は全く聞いたことがなかった。一度も風呂に入ったことがないというのはあまりに誇張が過ぎると思うが、本書でも、「ではどれぐらいの頻度で?」と云ことには言及していなく、説明不足に感じた。それと、いくらなんでも腐った肉を食べれば、腹をこわすよ。

4番目はどうだったのだろうと、疑問には思ったが調べたことはなかった。どうも史料からは1000年に特別な意味は見いだせないようで、むしろキリスト死後の1000年である1033年の方に注目していたようだ。あるいは、黙示録の年を968年、989年、992年に同定している著述家もいるらしい。

5番目は近世の捏造で騎馬戦士は突撃部隊の一角を占めるにすぎず、多くの歩兵と弓兵の支援なしでは役に立たなかった。中世の戦闘に馬が持ち込まれたのは、輸送のためだった。

6番目の子供十字軍も近世の捏造で、当時ローマ教皇がそのような十字軍を呼びかけた事実はないようだ。

10番目も実際魔女裁判が増えるのは近世以降で、中世で火あぶりにされたという記録は1件しかないという事だ。

11番目のペスト医師のマスクも不気味な外見から記憶に残るものだが、最初に記録された版画は1656年にイタリアでのペストの再来の直後で、中世の時代のものではない。

我々は中世より後に起こったことをさも中世に起こったかのような捏造に騙されていたり、全くのフィクションをさも事実であると受け入れてしまっている例が多々あるのわかった。