隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

三月は深き紅の淵を

恩田陸氏の「三月は深き紅の淵を」を読んだ。このタイトルからはどのような内容なのか全くわからない。読んだ後でも、このタイトルは何を意味しているのかよくわからない。この小説は4つの短編から成り立っている。が、その前にロワルド・ダールのチャーリーとチョコレート工場からの抜粋がある。短編は「待っている人々へ」、「出雲夜想曲」、「紅と雲と鳥と」、「回転木馬」とそれぞれタイトルがついている。この短編にはある種共通のテーマというようなものがある。それがタイトルにもなっている「三月は深き紅の淵を」で、それは匿名の作家が自費出版した私家版の本で、わずか200部ほど作られたらしい。その作家は本を配るときに、作者を明かさないこと、コピーを取らないこと、友人に貸す場合たった一人に一晩だけという条件を付けた。しかし、半年後、作者の代理人と名乗る人物により回収されてしまった幻の本なのだ。

「待っている人々へ」では、建築家の圷が建てた家の中にあると言われている「三月は深き紅の淵を」を探すことになった鮫島の話である。家の中にはおびただしい量の本が収納されており、簡単に見つけられない。しかも圷は本のある場所のヒントとして「ザクロの実」という言葉を残して亡くなった。この短編は実にミステリーぽっく終焉を迎える。「出雲夜想曲」は二人の女性編集者が寝台特急で「三月は深き紅の淵を」の作者が住んでいるという出雲に出かけていく話だ。こちらもミステリー風に進むが、純粋なミステリーではない。「紅と雲と鳥と」は前2編とは違っていて、「三月は深き紅の淵を」は出てこない。ある町の城址公園の崖下に二人の女子高生が折り重なるように倒れていて、上にある展望台から転落して死亡した。この二人の死をめぐるミステリーで、この短編のタイルは、亡くなった少女が書こうとしていた小説のタイトルだ。亡くなった少女の家庭教師をしていた女子大生が二人の死の謎を解き明かしていくミステリーになっている。最後の「回転木馬」はこの中で一番よくわからない構造の小説だ。「三月は深き紅の淵を」の中の「回転木馬」を作者が書いている様子が最初に書かれていて、やがて水野理瀬のストーリーになっていく。水野理瀬が外部と隔絶した寄宿学校に転校してきてから起きる不思議な物語と作者が「回転木馬」という小説をどう書いていこうかといろいろ考えいるところが交互に書かれている。結論があるようなないような不思議な終わりになっている。

薔薇の中野蛇の登場人物である水野理瀬は別の小説にも出ているようなので、この小説も読んでみた。「回転木馬」の水野理瀬は単にどこからかやってきて、不思議な事件に巻き込まれ、多分またどかに行くのだろう。4編の中では一番よくわからない物語だった。この中では最初の「待っている人々へ」がミステリー的には面白く、「紅と雲と鳥と」も二人の少女の死亡が、単純に事故なのか、どちらかがどちらを殺そうといていたのか、といった謎が、作者により巧妙に誘導されるところが面白かった。