隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀

デイヴィッド・サルツブルグの統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀 (原題 The Lady Tasting Tea)を読んだ。以前統計の歴史 - 隠居日録を読んだのだが、思っていたような本ではなかったので、それらしい本はないかと探していて見つけたのがこの本だ。この本は「統計の歴史」よりは読みたかったものに近く、数学の観点から見た統計の歴史が書かれている。様々な人物が取り上げられて、どのような経緯で、どのような問題を解決するために、どのようなアイディアが生み出されたのかが書かれているのだが、惜しいのはそのアイディアの中身に関しては全然説明していないのだ。

例えば英語の原題になっている"The Lady Tasting Tea"は第一章の「紅茶の違いが分かる婦人」に対応すると思われる。ここで興味深いエピソードが紹介されていて、それは、こんなストーリーだ。1920年代のイギリスのケンブリッジの夏の出来事だった。ある大学教授とその夫人、それと数人のゲストがアフタヌーンティーを楽しんでいた時に、ある婦人が、「紅茶にミルクを注ぐのと、ミルクに紅茶を注ぐのとでは味が違う」と言った。多数の大学教授の男性は一笑に付したが、その中のヴァンダイク髭を蓄えた一人が「その命題を検定してみようじゃないか」と言い、実験を開始した。この髭の人物こそロナルド・エイルマー・フィシャーという統計学の有名人なのだ。で、彼が著した「実験計画法」という本にこの時のエピソードが収録されているらしいのだが、本書では具体的にどのような実験を行ったのかも一切記述されず、その概要すら紹介されていない。これはフラストレーションがたまる本だ。結局さらに詳しく知りたいのなら「実験計画法」を読まなければならいということなのだろうか。

ただ、紹介されていること自体は非常に興味深い。例えば、天文学者や物理学者が導き出した公式と実際の観測結果には乖離あるいは誤差がある。これらの誤差は従来計測の問題とされていた。しかし、カール・ピアソンは誤差は測定によるというよりも、むしろ観測値そのものが確率分布を持つことに気付いた。我々が測定するものが何であっても、実際にはそれはランダムな散らばりの一部であり、その確率は分布関数という数学上の関数で表現される。ピアソンは分布関数の族を見つけて「歪んだ分布 (skew distributions) 」と名づけた。この考え方は、量子力学的で、19世紀末にはそのような考え方があったというのは驚きだった。