隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

賭博常習者

園部晃三氏の賭博常習者を読んだ。

この小説は北上ラジオの第39回で紹介されていた。

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タイトルがそのものずばりなのだが、この本でいうところの賭博は競馬だ。本書の主人公のコウスケは一族が博労で、叔父が牧場を営んでいて、競走馬も飼育していた。子供のころから叔父の牧場に出入りし、厩務員のアルバイトのようなことをしたり、競馬場で馬券を買うようなことをしていた。しっかりとした将来の希望も意欲もなく公立高校を受験させられたので、答案を白紙で提出し、受験を放棄した。そうしたら、親に私立の高校に裏口入学させられた。こんなありさまで高校に入学したので、学校には興味がなく、高校通学のために一人暮らしを始めたものの、学校にはほとんど通わず、競馬場に入り浸っていた。そして、競馬場が縁で博徒の幹部と知合い、可愛がられ、バーのママと知合い、男女の手ほどきを受けた。

物語はこんな感じで始まって、やがてコウスケはアメリカに行くことに憧れを抱き、高校を投げ出して、アメリカに渡って牧場で数年を過ごした。そして、日本に帰ってくるのだが、その辺りまでは、競馬好きで、型破りな男という感じをまとっていて、何とも面白い男だった。だが、そこから転落が始まるのだ。この小説の惹句には「自伝的」と書かれているが、どこまでは自伝で、どこからが作者の創作なのか判然としない。単に競馬好きならばまだしも、生活や仕事に必要な金まで競馬につぎ込みだしたあたりからは、もう完全に破綻していると感じた。しかも、どう考えても博打は勝つよりも負ける方が多いので、早晩資金が尽きることになり、そうなると周りにいる人間を競馬に誘い込んで、彼らに金をかけさせて、上前を撥ねるのだ。ここまで行くと、人間としてダメな部類にどっぷりつかっている。本人もそれは分かっているのだろうが、だが、やめられないのだ。

繰り返しになるけれど、どこまでは自伝なのだろうと考えながら読んだ。作者が昔小説の新人賞をとったことも、その時の審査員に北方健三氏がいたことも確かなようで、ある程度は実際にあったことを書いているんだろうが、よく無事に生きていたというような感じもする。物語の最後の方で、大井競馬場の最終レースで当てて、そのあと白タクに乗り込んだところで、かなりやばいことになるのではという予感がしたが、それも何とか切り抜けて、なんだかんだ運がいい男だと思いつつ、いやこれは物語だと思い直したりして、なんだか不思議な小説だった。

ただ、このコウスケはダメ男で、人間としては破綻しているけれど、決定的に悪い男ではない感じがして、だから何とか今まで生きれこれたのかと思ってみたりもした。この物語も、故郷を出て冒険して故郷に帰るという「神話の構造」に基づいていることを感じた。何とも不思議な小説だ。