隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論

カルロ・ロヴェッリの世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論 (原題 Helgoland)を読んだ。原題のHelgolandとは何か?Helgolandとはドイツにある島の名前で、北海上に浮かび、ハンブルグとかブレーメンから割と近いところにある。なぜこの島の名前が本のタイトルになっているのか?実はこの島が量子力学が生み出された場所だからなのだ。

若き日のハイゼンブルグは師のニールス・ボーマンから託された問題と向き合うために、その島で過ごしていた。ボーアはある元素を熱したときに発する光の周波数(色)を予測する式を発見した。しかしこの式は万能ではなく、色は分かるが強さは計算できなかった。また、きちんとした根拠もなく、原子の中の電子が原子核の周囲を厳密に決められたいくつかの軌道を回っていると仮定していた。原子核からそれらの軌道までの距離や電子自体のエネルギーも厳密ないくつの値しかとらないと仮定していた。ハイゼンブルグはなぜそれらの軌道しか取れないのか、軌道から起動への「飛躍」は何を意味しているのか、電子をそこまで奇妙にふるまわせるのはいったい何なのかを考えていた。

ハイゼンブルグが最終的に至った結論とは次のようなものだ。原子の内部に関して私たちに観察できるのは、電子が放つ光(ボーアの仮説によると、電子がある軌道から別な軌道に飛躍するときに出す光)だ。一つの飛躍には電子が飛び出す軌道と飛び込む軌道の2つが関係している。一つ一つの観察結果を、飛び出す軌道を行とし、飛び込む軌道を列とした、位置、速度、エネルギーと言った電子の運動を記述するすべての量を単なる数ではなく、数の表(行列)で表すのだ。

このエピソードは量子とはなんだろう 宇宙を支配する究極のしくみ - 隠居日録に出てきた行列の話に対応している思うのだが、量子とはなんだろう 宇宙を支配する究極のしくみ - 隠居日録を読んだときは、後から行列のアイデアが出てきたのかと思ったら、実は最初から行列が存在していたというのは驚きだった。その後シュレーディンガーの方程式が登場し、その式がハイゼンブルグの式と比べるとすっきりしていたので、そちらが好まれたようだ。しかし、シュレーディンガーの方程式も万能ではなく、説明できることとできない事が出てくると、脇に追いやられてしまう。

この本は後半に行くにつれて、何か哲学的な様相を帯びてきて、これは本当に量子力学の本と言っていいのだろうかという感想を持った。そういう意味では本書のタイトルも成功しているとは言えないのではないだろうか?