隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

スピルオーバー――ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか

デビッド・クアメンのスピルオーバー――ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか (原題 Spillover Animal Infections and the Next Human Pandemic)を読んだ。スピルオーバーとは異種間伝播のことで、異なった種の間でウィルスや細菌が感染することである。この本の中ではzoonosisという単語が頻繁に出てくるが、私が最初にこの言葉に触れた時は人畜共通感染症という日本語が用いられていた記憶しているが、本書の中では人獣共通感染症という訳語が用いられている。つまり、家畜という範疇に限らず、動物全般であるという事を明確にするためにあえて「人獣」という訳を当てたのだと思う。ウィルスにしろ細菌にしろ種をまたいで感染するものもあれば、感染しないものもあり、この違いはどこから来るのかは結局はよくわからなかった。そういう意味では、日本語の副題の「ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか」に関しては明確な理由は述べられていない。本書によると、人間の感染症の6割は、日常的に異種間を行き来しているか、最近になって人間に伝播したものだという。一方、我々が何とか撲滅した天然痘は自然界では人間にしか感染しないという。

現在世界的に蔓延している新型コロナウィルス感染症SARS-Cov-2ウィルスが原因で、これは2002~2003年に流行したSARS-Covの別種のウィルスで、どうやらこれもコウモリが自然宿主(あるいは保有宿主)のようだ。前回の時は何とか押さえ込めたが、今回は世界的なパンデミックになってしまったのは、本書を読んでいて、ウィルスが体内からバラまかれるタイミングと発症して症状が出るタイミングが前回と逆になっているのが理由なのではないかと思った。前回の時は症状が出てからウィルスがバラまかれるのに、今回は症状が出る前にウィルスがバラまかれるようになっている。これでは隔離される前に感染する人がどうしても出てしまうだろう。

それにしてもなぜコウモリなのかという疑問がある。エボラの保有宿主の明確な証拠は挙がっていないようだが、コウモリもその候補の一つのようだ。本書には色々仮説が載っているが、一つ決定的なのは、コウモリが密集して生活していることがあるだろう。彼らの間でウィルスが絶えることなく存在する状況ができていると思われる。それと、塒である洞窟は変えないようなイメージを持っていたが、そうでもなく、塒を移動しているようなのだ。このこともコウモリ間でウィルスが拡散する一つの理由になっているのだと思う。

エボラは以前はエボラ出血熱と呼ばれていたが、いつの間にかそのような名称は用いられなくなった。なんとなく不思議に思っていたが、エボラに罹ると出血するというのは誤ったイメージで、実際にはほとんど出血は見られないのだという。死亡した者の大半は睡眠したままショック死したようだ。この誤ったエボラのイメージはリチャード・プレストンの「ホット・ゾーン」によって広まったようだ。

それと、今回のパンデミックで有名になった「再生算数(基本再生産数)」という言葉は1930年代のセイロン島でのマラリアの大流行時にジョージ・マクドナルドの研究から生み出された言葉のようで、90年ぐらい前からこのような考え方が既にあったというのは意外で驚きだった。

アウトブレイクという言葉はウィルスの突発的な大流行を意味していると思っていたが、ウィルスだけに使うわけではなく、単一の種の突発的な大量増加を意味するのが本来的な意味のようだ。英単語のoutbreakには「突破」や「発生」という意味が元々ある。そこから転用された言葉であろう。