隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

われら闇より天を見る

クリス・ウィタカーのわれら闇より天を見る (原題 We Begin at the End)を読んだ。本書は北上ラジオの第49回で紹介されていた。
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最初のプロローグで少女が失踪し、住民皆で捜索を開始したところが描かれているが、わずか2ページ足らずで、何が起きたかよくわからないうちに、第一部では時間が30年も経ってしまっている。物語の舞台はアメリカのカリフォルニア州、ケープ・ヘイブンという海岸の町だ。30年前に何があったのかは徐々に明らかにされるのだが、自動車事故で少女が死んでしまい、犯人として逮捕されたヴィンセント・キングはわずか15歳で、死んだ少女シシーの姉のスターのボーイフレンドだった。死体を発見したのはヴィンセントの親友のウォークで、ウォークの時間はそれ以来止まってしまったかのようになっている。更に深刻なのはスターの方だった。精神的に立ち直れない状態で、薬物やアルコールに依存したような生活を送っている。誰が父親かわからない子供が二人いて、一人は13歳のダッチェス、もう一人はもうすぐ6歳になるロビンだ。ウォークはその後その町の警察署長になり、町に住み続け、スターやその子供たちを見守りながら生活していた。最初は10年の刑期だったヴィンセントが、刑務所内で問題を起こして20年追加され、30年の刑期を終えて出所してきた。ウォークは昔のように接しようとするが、ヴィンセントは全てをあきらめたようになっている。

そして、事件が起きる。スターが殺されたのだ。ウォークに電話をかけてきたのはヴィンセントだった。スターは銃殺され、すでに死んでいた。その場にいたヴィンセントはウォークに自分を拘束するように言う。その後ヴィンセントは黙秘を貫き、凶器の銃は現場から発見されなかった。

この小説はミステリーであり、誰がスターを殺したのかの謎をウォークが追うことになる。しかし、一方でスターの娘のダッチェスが必死に状況に抗う物語でもある。母親の件で普段から世間の風当たりが強い。だから彼女は自らを無法者と呼び、自分や家族に対してのなめた真似は許さない。しかし、その無法者の行動が更に状況を悪くしていく。第二部以降はウォークとダッチェスの物語が交互に語られるのだが、ダッチェスの物語はどんどん状況が悪くなり、読むのがつらくなった。

当然スターを殺したのが誰なのかはなかなかわからないまま物語は進行していく。怪しい人物は色々出てくるのだが、どのように事件に関わったのかがなかなかわからないようになっている。

英語の原題は牧師が言うような言葉であることが物語の中で語られているが、日本語のタイトルも聖書にでも出てきそうな言葉に感じた。だが、探しても見つからないので、全くの創作なのだろうか。マタイ伝の「暗きに坐する民は、大なる光を見、死の地と死の蔭とに坐する者に、光のぼれり」を連想するのだが、考え過ぎか。この日本語のタイトルの方が印象的に感じた。