ニナ・バーリーの神々の捏造 イエスの弟をめぐる「世紀の事件」 (原題 Unholy Business)を読んだ。西洋の古美術・骨董の世界(とくに宗教に関係するようなものは)は何か常人では理解不能なもののように感じていたが、本書を読んでその気持ちが強くなった。本書はサブタイトルにもあるようにイエスの弟に関わる遺物に関係する事件だ。まず第一に、イエスに弟がいた(という伝承)があったことを知らなかったので、その点に興味をかきたてられ、本書を読み始めた。このイエスの弟に関しても本書を読むと、その存在を信じている人たちがいるというだけで、広く認めたれているものではないらしい。だが、重要なのは信じている人もいるわけで、もし、イエスの弟に関わる遺物が世に出てきたら、単なる説がより広く信じられる物語になるし、聖書に書かれていることは全て事実であると信じている福音派にとっては、金に糸目をつけずにその遺物を手に入れたいと思う人もいるだろう。
本書にはこのイエスの弟に関する遺物として骨箱というものが出てくる。古代ユダヤ人は紀元後一世紀のある90年間オシレギウムという埋葬を行っていた。遺体を一年間洞窟に放置し、その後骨を拾い集め、石性の小箱である骨箱に収めた。骨箱には装飾がほどこされたり、死者の名前が彫り込まれたりした。「ヤコブ、ヨゼフの息子、イエスの兄弟」と銘文のある骨箱に関する論文がフランス人考古学者のアンドレ・ルメールにより発表された。彼の計算によると、父親の名前がヨゼフで、兄弟の名前がイエスであるヤコブは当時20人しか存在しなかったという。最初骨箱の持ち主は明らかにされなかったが、のちにオデット・ゴランが持ち主であると名乗り出る。
本書は最初このメインの骨箱の件から当然スタートするのだが、程なくして、イスラエル市中に出回っているとされる別の石板の件に話が移っていく。その石板には「信仰をもって義務を果たすため、切り石と木材と銅と労働力を買い入れて」というユダヤ王国のアシュア王が第一神殿の修復を命じたことに関係すると思われる銘が刻まれていた。これも正真のものであれば、未曾有の考古学的発見だ。実はこの石板と最初の骨箱を偽造したのではないかと逮捕されたのが古美術商のオデット・ゴランだったのだ。
オデット・ゴランは2004年12月に複数の偽造品を製造し、販売を企図したとして起訴された。本書が書かれたのが2008年で裁判は結審していなくて、オデット・ゴランがどうなったのかは書かれていないが、英語版のwikipediaによると、裁判は2012年まで続き、判決は偽造品製造も詐欺も無罪、ただ古美術の違法取引をしたことだけは認められたようだ。著者も書いているが、専門家の数だけ鑑定結果があるので、骨箱や石板が本物か偽物かを断じるのは非常に困難だ。むしろ、彼が偽造に関わったことを証拠を積み上げて示した方が建設的だと思う。しかしこの判決だ。一体この事件は何だったのだろうとただただ思うが、ヤコブの骨箱もアシュアの石板も正真であるとは認められていないので、誰かが偽造したのだろうが、その誰かは特定できなかったという事だ。