隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

惑う星

リチャード・パワーズの惑う星(原題 BEWILDERMENT)を読んだ。あらすじの紹介に「母親の脳スキャンデータを息子に追体験させ」というようなことが書かれていて、SF的な展開のある小説なのか?と思いつつ、読んでみたのだが、SF的なところはこの部分だけだった。敢えて言うならば、地球から観測された惑星について妄想を述べている部分もSF的ではあるが、ストーリーには直接は関係ない。アマゾンの本のページには(そして本の帯にも)更に「21世紀のアルジャーノン」と書かれている。著者も何度か本文で言及しているので、当然アルジャーノンに花束をは意識して書いていると思うが、それを書いてしまうのはどうなのだろう?これはネタバレだよ。

これは、ある意味では宇宙生物学者のシングルファーザーと感情の起伏が激しい息子の物語ではあるのだが、迫りくる気候変動への警鐘、分断が進んだアメリカへの嘆きの物語ではないだろうか。

この物語では気候変動の影響が顕著に表れている。そして、アメリカはより専制的な大統領が君臨している。宇宙生物学者のシーオ・バーンは数年前に交通事故で妻を亡くし、シングルファーザーとして息子のロビンを育てている。ロビンは感情の起伏が激しく、 2人の医者がアスペルガーと診断し、一人は強迫性障害だと言い、また別な医者はスペクトラム障害だと指摘したが、シーオは母親を亡くし、その後愛犬を失ったことが原因だと考えている。だから、9歳の子供に向精神薬を服用させるなどもってのほかだと信じている。ロビンは学校でたびたび問題を起こし、対処するように学校から求められていて、頼ったのが妻の友人だったマーティン・カリアーだった。

こうしてロビンはカリアーが開発しているデクネフ(コード解読神経フィードバック)に参加することになるのだが、訳者あとがきによると、この技術自体は実在のもので精神疾患の患者への治療などに期待されているらしいのだが、本書を読んでいてもちょっとピンとこなかった。標準となる人の脳の感情・聴覚・視覚的な刺激の反応ののfMRIデータと被験者の脳のfMRIデータが同じようになるように聴覚・視覚的な合図を出すというのだが、どうやったら同じになるのか多分本人も最初は分からないだろうから、結構時間がかかるのではないのだろうか?

ロビンはこの実験に参加することにより、精神状態が安定していく。すると彼は動物保護や環境保護の活動家のようなことを始めていくのだが、これが物語を駆動するトリガーになっていく。後半の方は悲しいストーリーになってしまうのは予想されたことではあるのだが、本当にそうなってしまうとは思わなかった。