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隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

壁の男

貫井徳郎氏の壁の男を読んだ。物語は栃木県北東部に位置するある町をフリーライターの鈴木が取材に訪れるところから始まる。その町は町全体の民家の壁に絵が描かれていることがSNSで拡散し、有名になっていた。しかしその絵は子供が書いたような稚拙な絵だったたのだ。

本書は5章からなり、各章の最初の部分がフリーライターの鈴木が取材している様子が描かれているが、取材は難航し、鈴木はちっとも取材が進まず、伊苅がなぜあのような絵を壁に書いているかわからない。章の残りで、実際何があったのかが描き出されている。第一章では壁の絵を描いた伊苅が20年ぶりに故郷の町に戻ってきて、最初は故郷を棄てた男として、なかなか町民から受け入れてもらえないところから、母親の死をきっかけに、自分の家の壁に絵をかき始め、それが徐々に他の家にも広がりつつ、ようやく町に受け入れられ行くさまが描かれている。

第二章で鈴木の取材で描かれているの女の子を絵は伊苅の娘ではないか、そしてその娘は東京に伊苅が住んでいた時に病気で亡くなったことが明らかにされ、本文で何があったのかが語られる。この章は涙なくして読めなかった。

第三章では伊苅と妻の梨絵子との結婚までが描かれるが、第二章で既に妻とは離婚していることが明らかにされている。その妻との離婚の理由と妻の抱えている心の負の問題も示される。本書では負の感情から自由になれなかったものは、現在どうなっているか語られない。なので、第四章で語られる伊苅の父も負の感情から自由になれず、結局どうなったのかは詳しく語られない。

第四章では、伊苅が中学生の頃が語られる。伊苅の母親は美術の先生で、二科展に連続して入賞するような技量を持っていた。一方、伊苅にはその才能はなく、伊苅の母に絵を教えてもらっている同級生に嫉妬の感情を持ってしまった。それを、

才能がある人が偉くて、才能がない自分は価値がないと思うのは間違い

 であると言われ、そのことで伊苅は劣等感から解放されていく。しかし、父親は言っていることは理解できても、それを受け入れることはできなかった。

第五章では、鈴木は伊苅に絵を描いてほしいと頼み、伊苅はその願いを聞き入れた。そして、章の残りで、今までなんとなく不思議に思っていたところが最後に向かって明らかにされていくのだ。この章も涙なくして読めなかった。そして、最後の最後で伊苅が描いてきた絵の原点が明らかになる。

今まで貫井徳郎氏の本は読んだことがなかったが、他の本も読んでみたくなった。