隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

密告者ステラ ~ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女

ピーター・ワイデンの密告者ステラ ~ヒトラーユダヤ人同胞を売った女(原題 Stella One Woman's True Tale of Evil, Betrayal, and Survival in Hitler's Germany)を読んだ。

この本はタイトルにあるように密告者の物語で、第二次世界大戦中にベルリンに潜伏していた同胞のユダヤ人をゲシュタポに密告したユダヤ人女性の記録である。ただ、本書の構成は単純にステラというユダヤ人女性についてだけ書かれているわけではない。というのも著書のピーター・ワイデンもユダヤ系ドイツ人であり、彼はナチスの追求が苛烈になる前に辛くもドイツからアメリカに難を逃れることができた移民であり、ステラと年齢も一歳しか違わなく、しかもベルリンでステラと面識があったのだ。実際ステラは少女の頃からその美貌で周りの少年の心を引き付けていたようで、ピーターも憧れていた一人だった。だから、これはステラの物語でもあるが、ピーターの物語でもあり、あの当時ベルリンで暮らしていたユダヤ系ドイツ人の物語でもある。戦後アメリカの軍の宣伝員としてドイツで働いていたピーターは偶然ステラが密告者として捕まって、ソビエトにより裁判にかけられたことを新聞で知り、ショックを受ける。その時は詳細がわからなかったが、彼は少しづつステラことに関し調べ続けるのだった。

ピーターの両親は1935年からアメリカ移住の準備を開始して、実際に移住が可能になったのは1937年だった。1940年アメリカの国務次官補のブレッキングリッジ・ロングは「移民はドイツがアメリカをスパイでいっぱいにしようとする完璧なブレイクスルーだ」という考えのもと、「少しでも疑いのある限り、外国人にはビザを保留する」ように在外公館に指示を出した。これによりこれ以降は事実上アメリカへのビザの取得は非常に困難になった。だが、実際にはその前から移民の制限は起きていた。ステラの一家は行動を起こすのが遅かったために、アメリカに移住することができなくなり、そのため潜伏生活を余儀なくされたのだ。当時のドイツでは潜伏者のことを潜水艦になぞらえてUボートと呼ばれていた。

ギュンター・ロゴスという身分証明書を偽造していたUボートがいて、彼も昔からステラを知っていた。町で偶然ステラに出くわし、相手の気を引くために身分証明書を偽造してやってもいいと持ち掛けて、ステラに渡した。実はロゴスが書類を偽造していることは警察もつかんでおり、彼はお尋ね者だったのだ。ステラは別な密告者の女によりゲシュタポにつかまり、その時持っていた身分証明書がロゴスの偽造のものと分かり、ステラがロゴスにつながっていると思った警察は居場所を吐かせるために彼女を拷問した。そして、最終的には彼女も密告者になった。ゲシュタポはロゴスを捕まえるのにステラが役に立つと思っていたのだが、ステラはロゴスの居場所は知らなかった。ステラは密告者となることで両親が東部に送られることを回避しようとし、何度かは移送者リストから外すことはできたようだが、最終的に両親は移送されてしまい、助けることはできなかった。

戦後ステラはソビエトにより裁かれ、10年間ソビエトの収容所で過ごし、釈放された。ドイツに戻った彼女は再度ドイツで起訴されたが、既に10年間の刑に服していたので、それ以上の刑を免れることができた。ステラは5度結婚して、第二次大戦末期の頃に一人の娘をもうけたのだが、その子供の父親は誰かわからないという。戦後ドイツに戻ったステラは娘を取り戻そうとして、騒ぎを起こし、出生について何も知らなかった娘に母親の犯罪のことが知られることになった。娘はステラのことでずいぶん苦しめられたようだ。

著者は2度ステラにインタビューを試みているのだが、彼女が語ったことは「ギュンター・ロゴスを探しているふりをしただけで、誰も密告をしていない」という事だった。しかし、著者はステラに密告された人たちの行方も得ていたし、彼女は裁判で裁かれているのでこれは事実に反するだろう。著者は「ステラに会っておきながらなぜ殺さなかったのだ」何度も非難されたと本書に書いている。そしてそれはあまりにもショッキングなことだとも。

本書は1992年にアメリカで出版され、翌年にドイツ語に翻訳された。訳者の後書きによるとステラは1994年に自殺したのだという。この本の出版がステラの自殺に関係があるかどうかは書かれていなかったのでわからない。著者は英語のタイトルに"evil"と書いているが、本書を読んでも結局ステラという女性がどういう人物なのかよくわからなかった。

統計外事態

芝村裕吏氏の統計外事態を読んだ。 統計外事態という文字列を見て、どういう風に区切るのかちょっとよくわからなかった。知っている単語で見ていくと、「統計」「外事」「態」だ。そうすると、これは/統計/外事/態/と区切るのかとも思えるのだが、それだと意味がよくわからない。しかも最後の「態」が「熊」に見えてきて、そうすると、/統計/外事/熊/で全く意味が通じない。これは/統計外/事態/と区切るのが正解だ。この「統計外事態」は主人公の口癖なのだ。

時は2041年。世の中には感染症が蔓延し、日本は人口減社会が現実のものとなっていた。数宝数成は大学の数学科を卒業してIT企業に入って暗号関係の仕事をしていたのだが、数年後気づくといつの間にか自分が人を率いる立場にいて、どう考えてもその任ではないと、会社を辞めて、「安全調査庁」という役所に統計分析官としてもぐりこんだ。在宅勤務なので、時間に余裕があり、収入増を目指して、スパイの管制業務も行っているが、あくまでも本職は安全調査庁でのデータ分析だ。本日の案件は、静岡の廃村で水の消費量が72000倍に増えている件だ。ネットを駆使して色々と原因を探るがさっぱりわからない。それで、現地に赴いて調査をしようと猫と連れて自転車にまたがって出かけて行ったら、とんでもないことに巻き込まれてしまうのだった。

この本は表紙裏のあらすじに「統計データの矛盾から犯罪を見つけ出す統計分析官」というようなことが書かれていて、おもしろそうだと思って読んでみたのだが、

猫+僕+伊藤くん+裸の子供の群れだと圧倒的に戦力不足感があるけれど、猫+僕+伊藤くん+フォン・ノイマンならSFファン的に見てかなりいい勝負ができる気がする。むしろ味方に猫とノイマンがいると思うと負ける気がしない。これがSFによる統計分析だ。

という程度の統計なので、統計の理論を駆使したハードなSFを期待して読むと、かなりのがっかり感があるし、私の場合はそうだった。ほとんど統計は出てこない。これは好みの分かれる内容だなと思った。そして、なんだかよくわからないストーリーだったというのが率直な感想。