隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

走馬灯のセトリは考えておいて

柴田勝家氏の走馬灯のセトリは考えておいてを読んだ。本書はSF短編集で「オンライン福男」、「クランツマンの秘仏」、「絶滅の作法」、「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」、「姫日記」、「走馬灯のセトリは考えておいて」の6編。

「オンライン福男」はコロナウィルスの影響で福男を決める競走がメタバースのようなオンラインに移行したらというストリー。「クランツマンの秘仏」は厨子の中の絶対秘仏は存在しているのかしていないかの調査に関する評伝を孫が書いたという体をとっているのだが、「物質の存在には信仰が必要」という考えが反転して「信仰さえあればいかなる物質も存在する」という事をさも実際にあったことのように書いている。この「物質」がこの物語では「秘仏」になっていて、いかにもこの作者が書きそうなストーリーになっている。「絶滅の作法」は人類が絶滅した後に、再現された地球に移住してきたエイリアンの物語。「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」もこの作者らしい作品だ。火星人(実際には火星に送られた探査機)に寄生している宗教性を持った原虫の生態(?)に関して、いかにもありそうな蘊蓄を披露している論文の体裁をとっているSFだ。「姫日記」は「姫戦姫」という実際にあるゲームをプレーしての日記風の小説で、ここから本当に柴田勝家ペンネームが生まれたというのか?ちょっと半信半疑だ。「走馬灯のセトリは考えておいて」は死者を仮想的に再現する「ライフキャスト」を作ることを仕事にしている小清水イノルがVTuberの再現を依頼され、しかも本人の最後のときにラストライブをすると言うストーリだ。

この中では作者らしいと感じた「クランツマンの秘仏」と「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」が興味深かったが、「姫日記」も事実なのか創作なのかわからなくて、ちょっと気になっている。

あの図書館の彼女たち

ジャネット・スケスリン・チャールズのあの図書館の彼女たち (原題 THE PARIS LIBRARY)を読んだ。本書の舞台の一つはパリにあるアメリカ図書館で、これは実際にパリに存在する図書館なのだという。第一次世界大戦中にアメリカの図書館から戦地の兵士に送られた多くの本を基にして、1920年アメリカ図書館協会と議会図書館によって、「戦争という暗闇の後に、本という光がある」という事を旗印に設立されたという。この小説の時代のひとつは1940年代(正確には物語は1939年から始まっているが)であり、当時フランスはドイツに占領され、パリ市内の多くの図書館は閉鎖されたが、アメリカ図書館は何とか活動を続けていた。ナチスによるユダヤ人迫害は図書館にも及び、ユダヤ人は図書館を利用できなくなったが、当時の館長は戦地に本を送る作業と並行して、図書館利用者のユダヤ人に本を届けるサービスを秘密裏に始めた。あらすじにはこのような時代背景に関して書かれていたので、この秘密のサービスのことが中心の小説かと思い、読み始めたのだが、そうではなかった。

本書の主人公のオディールは本を愛するパリジャンヌで憧れのアメリカ図書館の司書に採用される辺りから物語が始まる。オディールの両親は彼女が外で働くことは望んでおらず、早く結婚してほしいと願っていて、警察署長の父親は頻繁に若い警察官を食事に招いて、娘と見合いのまねごとをしていた。オディールは結婚などまだ早いと思っているので、父親の連れてくる男には興味がなかったのだが、ある日やってきたポールには惹かれるものがあり、やがて二人は恋人になる。

一方で、別な物語も進行していく。時代は1984年で、アメリカのモンタナ州が舞台になっている。その物語ではリリーという少女が主人公で話が進んでいく。物語の割と早い段階で、実はリリーの隣に住むミセス・グスタフソンがオディールでありることが明かされるのだが、40年の間に何があり、オディールがアメリカに渡ったのかは、最後の最後ま明かされない。

最初に書いたように、この物語は第二次世界大戦中のパリのアメリカ図書館におけるユダヤ人への秘密のサービスが中心の物語だと思ったのだが、実はオディールの友情と妬みと悔恨の物語だった。オディールとリリーは好奇心が強かったり、不用意な発言や行動をしてしまうような共通する部分があり、リリーの物語はオディールの物語の長い長いエピローグでもあるのだが、二人が過去の過ちを繰り返さずに、前に進めるかどうかを描く物語でもあった。