隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

先祖探偵

新川帆立氏の先祖探偵を読んだ。主人公は依頼人の先祖調査を専門にしている探偵の邑楽風子。実際にはこのような調査を専門にしている探偵はいないと思うので、著者の創作した職業だろう。

先祖を辿るのにまず戸籍の調査から始まるので、実は戸籍探偵ではないだろうかと思ってしまった。この作品は短編集で「幽霊戸籍と町おこし」、「棄児戸籍と夏休みの宿題」、「消失戸籍とご先祖様の霊」、「無戸籍と厄介な依頼者」、「棄民戸籍とバナナの揚げ物」が収録されている。これらのタイトルからもこれらの物語が戸籍に関係していることがわかるだろう。ただし、この短編のタイトルのうち最後の「棄民戸籍」は存在しない言葉だと思う。棄民は正式な言葉ではないので、そのことを表す戸籍は存在しないだろう。

第二次世界大戦後、海外定住日本人が帰国するにあたり、「帰国のための渡航書」というものが発給され、これがパスポート代わりになった。この渡航書は一回限りで、日本から海外に出るときには日本国内でパスポートをとる必要があった。しかし、この時に何らかの理由で(例えば空襲で戸籍が焼失してしまったとか)戸籍が存在していないと、パスポートが取得できず、出国できなくなる。日本国内に留まらざるを得ないが、戸籍を回復しない限り、無戸籍の状態のままになってしまう。このことを意味する言葉として、著者は「棄民戸籍」という言葉を作り出したのだと思う。

この物語は邑楽風子が依頼を受けて、誰かの先祖を探す物語なのだが、実は風子自身が母親を探す物語でもある。彼女は母親に捨てられ、棄児となって、新たに邑楽風子として新たに戸籍が作られたのだった。そういう経緯があったので、彼女は戸籍探偵になったというわけだ。無戸籍とか戸籍売買というような小説やドキュメンタリーをみたことはあったが、まさか、一時帰国したら戸籍がなかったというようなことは想像もしていなかった。しかも、普通の人が戸籍を回復するというようなことはなかなかできないので、無戸籍の状態は回復できないのだろうなぁ。ちょっと特殊な分野の物語だが、面白かった。

アリス連続殺人

ギジェルモ・マルティネスのアリス連続殺人 (原題 Los crímenes de Alicia)を読んだ。この小説は、アルゼンチンの作家によるイギリスを舞台にしたミステリーである。ルイス・キャロルの失われた日記のページに関するメモが見つかり、それを見つけた大学生のクリステンがひき逃げ事故にあった。幸いなことに彼女は一命をとりとめていたが、彼女の指導教官でもあったセルダム教授は、このひき逃げ事件は彼女が発見したメモに関わることであり、ルイス・キャロルに関して研究している有志の団体であるルイス・キャロル同胞団にも何らかの関係があると睨んだ。そして事件はまだ終わっていないとも。

この小説の出だしの所は非常に読みにくかった。何というか説明が非常にまどろっこしく、本作の主人公である「私」がいったい何を研究しているのか、読んでいてさっぱりイメージがつかめなかった。更に45ページ辺りに文字をスキャンして、それをもとに手書き文字を再現していると思われるような記述があるが、実際に何が行われているかは何度読み返してもよくもわからなかった。巻末の解説によると、「手書き文字の断片から、実際に文字を書いた時の腕と筆の動きを再現するプログラム」らしい。しかし、再現できたとして、それでなぜ文字を書いた人物が特定できるのかがよくわからなかった。しかし、この部分は本作の筋には大して重要ではなく、意味が分からなくても全く問題なかった。

もう一つ付け加えると、物語を読んでいる途中で、解説を読んでしまい、「連続殺人の論理」という概念があることを初めて知った。そうすると、原題がLos crímenes de Aliciaで、日本語にすると「アリスの犯罪」となっているのは非常にフェアーで、日本語のタイトルはどうなのだろうと考えだした。この時点ではまだ読み終わっていないので、安吾不連続殺人事件のような展開なのだろうかと想像したのだが、それとは違っていた。それとは違った不連続殺人事件で、観測により連続性を仮想した殺人事件だった。クリステンが起点になって起きた事件ではあるが、予想もしなかった第三者の介入によって事件が全然別な物に変わってってしまった。それが連続殺人を生み出してしまったともいえる。こういう結末になるとは想像していなかった。