隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生

デイヴィッド グランの花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生(原題 Killers of the Flower Moon The Osage Murders and the Birth of the FBI)を読んだ。

アメリ先住民族はそれぞれの月に名前を付けた。5月はFlower Moonなので、本来は花月と呼ぶべきなのだろうが、本書のタイトルはその二文字の間に「殺し」を入れている。これは全くの造語なだが、言いえて妙だ。本書は1921年の5月にアメリカ先住民のオセージ族のモーリー・バークハートに起きた本当に悍ましい殺人事件の記録である。

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上方落語史観

高島幸次氏の上方落語史観を読んだ。本書は上方落語を切り口にして、幕末・明治の大阪の歴史・風土について解説した本である。

尿瓶の花活け

この噺は聞いたことがなく知らなかった。どんな噺かというと、鳥取藩士が古道具屋を訪れて、尿瓶に目をつけ、珍しい花活けだと思って買おうとするというものらしい。ちょっと驚いたのは、噺の内容とは全然関係ないのだが、18世紀ころには尿瓶がかなり普及していたらしいということだ。といっても現在のような形状・材質ではなく陶器でできており*1、また、介護用というわけではなく、日常的に使っていたというのだ。どういうことかというと、長屋の住人などが、屋外の共同便所を避けて、室内で用を足すときに使っていたというのだ。確かに、寒い冬の夜に屋外の共同便所まで出かけて、用を足すというのはかなり億劫だということは想像できる。全く知らなかったのだが、あの福沢諭吉の「学問ノススメ」にもこのことは書かれている。

日本人は寝屋の内に尿瓶を置きてこれに小便を貯え

今まで、全然知らなかった。

三枚起請

起請文の末尾などにかかれる「仍て件の如(よってくだんのごとし)」の「件」についての話。件というと最初に思い浮かぶのは小松左京の「くだんのはは」。これは頭は牛で、体は人間。次に思い浮かぶのは津原泰水氏の「五色の船」。これは顔は人で体は牛。そして、最近知ったのだが、内田百閒もそのものずばりの「件」という小説を書いており、この場合も顔は人間で体が牛。

件は江戸時代には人間の頭に牛の体を持ち、嘘を司る神様だという信仰が広まっていたということだ。この「人頭牛身」の姿は「人偏に牛」の字体から思いついたようだが、天保七(1836)年丹波国倉橋山で「件」が生まれたことを知らせる瓦版が発行されたという。

それで、話を小説の件に戻すと、小松左京だけが牛頭人身の件を描いているわけだが、これはやはり小説の最後のところに書かれているように、ギリシャ神話のミノタウルスの影響なのであろう。

愛宕山

「清水の舞台から飛び降りる」などとよく言われているが、実際に飛び降りることはよくあったようで、清水寺門前を支配していた塔頭成就院の日記には元禄七(1694)年元治元(1864)年までの「飛び落ち」事件は未遂を含めて234件記録されていて、死亡率は14.6%となっているという。

このように毎年のように飛び降り事件が発生していたのだが、その多くが信仰に基づくものであったためか、江戸幕府は明確な禁止令を発布しておらず、飛び降り防止の柵を設けただけであった。法令で禁止されたのは、明治五(1872)年の京都府布令書だった。

湯屋風呂屋

湯屋」と「風呂屋」は混同されやくすく、また、地域性もある。あの「守貞萬稿」では「京阪にて風呂屋と云い、江戸にて銭湯あるいは湯屋と云う」と書かれている。しかし、本来は「湯屋」とは今でいうところの銭湯で、遊女屋は「風呂屋」と呼ばれていたという。大阪で育った筆者は、銭湯の意味で風呂屋と云っていた書いており、ますます混乱してしまう。