隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

上方落語史観

高島幸次氏の上方落語史観を読んだ。本書は上方落語を切り口にして、幕末・明治の大阪の歴史・風土について解説した本である。

尿瓶の花活け

この噺は聞いたことがなく知らなかった。どんな噺かというと、鳥取藩士が古道具屋を訪れて、尿瓶に目をつけ、珍しい花活けだと思って買おうとするというものらしい。ちょっと驚いたのは、噺の内容とは全然関係ないのだが、18世紀ころには尿瓶がかなり普及していたらしいということだ。といっても現在のような形状・材質ではなく陶器でできており*1、また、介護用というわけではなく、日常的に使っていたというのだ。どういうことかというと、長屋の住人などが、屋外の共同便所を避けて、室内で用を足すときに使っていたというのだ。確かに、寒い冬の夜に屋外の共同便所まで出かけて、用を足すというのはかなり億劫だということは想像できる。全く知らなかったのだが、あの福沢諭吉の「学問ノススメ」にもこのことは書かれている。

日本人は寝屋の内に尿瓶を置きてこれに小便を貯え

今まで、全然知らなかった。

三枚起請

起請文の末尾などにかかれる「仍て件の如(よってくだんのごとし)」の「件」についての話。件というと最初に思い浮かぶのは小松左京の「くだんのはは」。これは頭は牛で、体は人間。次に思い浮かぶのは津原泰水氏の「五色の船」。これは顔は人で体は牛。そして、最近知ったのだが、内田百閒もそのものずばりの「件」という小説を書いており、この場合も顔は人間で体が牛。

件は江戸時代には人間の頭に牛の体を持ち、嘘を司る神様だという信仰が広まっていたということだ。この「人頭牛身」の姿は「人偏に牛」の字体から思いついたようだが、天保七(1836)年丹波国倉橋山で「件」が生まれたことを知らせる瓦版が発行されたという。

それで、話を小説の件に戻すと、小松左京だけが牛頭人身の件を描いているわけだが、これはやはり小説の最後のところに書かれているように、ギリシャ神話のミノタウルスの影響なのであろう。

愛宕山

「清水の舞台から飛び降りる」などとよく言われているが、実際に飛び降りることはよくあったようで、清水寺門前を支配していた塔頭成就院の日記には元禄七(1694)年元治元(1864)年までの「飛び落ち」事件は未遂を含めて234件記録されていて、死亡率は14.6%となっているという。

このように毎年のように飛び降り事件が発生していたのだが、その多くが信仰に基づくものであったためか、江戸幕府は明確な禁止令を発布しておらず、飛び降り防止の柵を設けただけであった。法令で禁止されたのは、明治五(1872)年の京都府布令書だった。

湯屋風呂屋

湯屋」と「風呂屋」は混同されやくすく、また、地域性もある。あの「守貞萬稿」では「京阪にて風呂屋と云い、江戸にて銭湯あるいは湯屋と云う」と書かれている。しかし、本来は「湯屋」とは今でいうところの銭湯で、遊女屋は「風呂屋」と呼ばれていたという。大阪で育った筆者は、銭湯の意味で風呂屋と云っていた書いており、ますます混乱してしまう。

偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理

降田天氏の偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理を読んだ。これは短編集で、倒叙物のミステリーだ。ストーリーの前半は犯人によって物語が語られていくが、後半に入ると、神倉駅前交番に勤務する狩野雷太が登場して、犯人と狩野の対決(と言っても、話し好きの狩野があれやこれやと質問するだけ)になり、そこで犯人が言わずもがなのことを漏らしてしまい、事件が解決するというパターンになっている。言ってみれば、刑事コロンボのスタイルを踏襲しているといえるのかもしれない。

本書には5編収録されており、それぞれのタイトルは「鎖された赤」、「偽りの春」、「名前のない薔薇」、「見知らぬ親友」、「サロメの遺言」となっている。「見知らぬ親友」と「サロメの遺言」は一部登場人物が重なっており、「見知らぬ親友」では狩野はまだ刑事だったのだが、この中では詳しく語られていない事件が理由で刑事から交番勤務になり、その五年後が「サロメの遺言」になって、語られなかった物語が明らかになるもなる。

狩野が中年の軽薄そうで話し好きの警察官という設定になっていて、犯人側に警戒を抱かせず、うまいこと犯人の会話の矛盾点を引き出すことに成功するというのがストーリーの基本線で、どれも面白く読んだのだが、「サロメの遺言」だけはちょっと疑問点が残った。犯人がなぜカメラを持って行って、隠し撮りをしたのかというところが、変な気がする。つまり、犯人はそれから起きることをなぜか詳細に予想できているのだが、それは果たして可能なのだろうかという疑問だ。たまたまそうなったのであれば、隠しカメラで撮影することはできないし、意図的にそうなるように仕組んだとすれば、ちょっと話が違ってくるのではないかと思った。