隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

銀花の蔵

遠田潤子氏の銀花の蔵を読んだ。

この作品は北上ラジオの第16回目で紹介されていた。
「年間のベスト3には入る作品だよ!」と遠田潤子『銀花の蔵』(新潮社)を猛烈紹介! - YouTube

銀花は主人公の女性の名前で、蔵は醤油蔵を指している。序章は現在なのだが、1は1968年夏、銀花が10歳の頃に時が巻き戻る。その当時銀花は父の尚孝、母の美乃里と大阪の文化住宅に暮らしていた。父は売れない自称画家で、写生旅行に出かけるとお土産を買ってきてくれて、銀花はそれを楽しみにしていた。母は料理が上手で、洗濯やアイロンがけも得意だった。ただ、母は身寄りがなく、父に会う前は随分苦労したのだという。写生旅行から帰ってきた父は、今度奈良にあるお父さんの生まれた家引っ越しすることになったと告げた。お父さんのお父さんが死んだので、帰って老舗の醤油蔵を継ぐことになったというのだ。

このように静かな感じで始まる物語だが、実はこの一家も複雑な家族状況であることがおいおいと明らかになっていく。一つを明かすと、奈良の醤油蔵には父の妹の桜子がいるのだが、銀花より一歳年上という設定になっている。そして、いきなり「自分のことは叔母さんと呼ぶな。母のことはおばあさんと呼ぶな」と銀花に迫るのだ。これはまだ序の口で、次から次と複雑な家庭状況がこの後出てくるが、それは読んでのお楽しみだ。それと、この物語では「座敷童」が重要なキーワードになっている。蔵には座敷童がいて、それを見たものは蔵の当主の資格があるというのだ。座敷童は岩手を中心とした伝承なので、このエピソードにはちょっと疑問を抱いたのだが、それも後半の方でどういうことか明かされて、そういうことだったのかと納得した。そして、銀花が蔵で座敷童を見たことから物語が大きく動き出し、それによって一家の関係が新たな状況に突き進んでいく。この座敷童は二重三重に物語に対して作りこまれていて、面白かった。

物語は1968年から現在までを断続的に語っていくのだが、銀花の幼少時代はあまり恵まれていない。それは大人になってもあまり変わらず、このままつらい状況が続くのかなと思っていたら、少しづつはよくなのだが、それと呼応して、この一家の複雑な関係が明らかになっていって、プラスなんだけれどもマイナスという不思議な感覚を覚えた。これもある種の家族の物語で、血縁とは何かを考えさせられる物語で会った。