隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

蒼天の鳥

三上幸四郎氏の蒼天の鳥を読んだ。本作は第69回江戸川乱歩賞受賞作だ。この方の名前に全然見覚えはなかったが、テレビドラマやアニメに脚本を執筆してきた方のようだ。小説としては新人なのだろうが、執筆のキャリアが無いわけではないようだ。

本作は実在の女流作家である田中古代子とその娘の千鳥を主人公の探偵役としたミステリーで、大正13年頃の鳥取浜村を舞台にしている。古代子は探偵奇譚ジゴマという映画が12年ぶりに、それも鳥取で公開されると聞き、娘の千鳥といそいそと出かけてきたのだった。12年前15歳だった古代子は父親とジゴマを見るのを楽しみにしていた。ジゴマは変装の名人で大怪盗、犯罪の限りを尽くしてパリの町を恐怖に陥れるというストーリーで、ジゴマを真似た犯罪が実際に日本で起きると上映禁止になってしまった。それが12年ぶりに公開されるというのだ。ところが、上映の最中上映小屋で火事が起き、しかも客がジゴマのような格好をした男に殺され、古代子と千鳥も襲われてしまった。彼女らは辛くも難を逃れて、浜村に帰り着くことはできたが、それだけでは済まなかった。

この事件を契機に古代子の周りでは色々な事件が起きる。再びジゴマに襲われたり、不穏な連中が村に入り込んでいたり。と言ってもメインの謎はなぜ男が小屋で殺されたかというもので、この後に起きる様々なことはそのこととつながっている。ジゴマが実際に鳥取に現れて犯罪を犯すとは読者も思わないので、この謎だけで物語をけん引するのはちょっと弱いと思う。一方、古代子と千鳥とこの時代の雰囲気がなんとも魅力的で、そちらの観点から本書を面白く読んだ。ミステリーの方も最後の所で一波乱はあるので、単調な構成にはなっていない。最後の終局で古代子や千鳥のその後が語られるのだが、悲しい最後になっている。今まで名前を聞いたことがなかったのも、そういう事なのかと思った。

奥州狼狩奉行始末

東圭一氏の奥州狼狩奉行始末を読んだ。

本書は東北にある架空の藩が舞台の時代小説で、その藩は馬の産地として有名であった。藩の牧の馬が狼に襲われることがあり、そのために狼狩りという役職がその藩にはあった。物語は序章帰路から始まるのだが、その序章は本当に短く郷目付の岩泉源之進が山道で狼に出会い、その直後何者かと対峙するところで唐突に終わる。実は源之進はこの後全く登場せず、この物語の主人公はこの源之進の次男の亮介で、狼狩奉行に抜擢されるのはこの亮介なのだ。第一章から始まる物語は序章から三年後で、源之進は崖から転落して落命していた。跡を継いだ長兄の寛一郎は半年前から胃の病のため寝たり起きたりの生活が続いている。それで亮介が狼狩奉行の任につくことになった。

狼狩奉行というのは多分架空の役職だと思うが、狼害が増えたのは通称黒絞りという名前の非常に賢い狼が群れを率いるようになったからではないかということで、亮介はこの狼を狩らなければならなくなるが、そう簡単にはいかない。しかも、狼だけではなく、父の死の謎や藩の不正と色々なことが次々と降りかかってくる。200ページぐらいの長さに物語は非常にコンパクトにまとめられている。

この小説は時代小説だけれども、時代小説の皮を被った小説だと思う。特に亮介と舅の関係とか嫁の関係なんかは妙にに現代的だ。なので読みやすく面白いと感じる人が多いのだろう。